まだ恋を知らない | ナノ


跡部視点


「跡部、あれは無理なんちゃう?」

部室のロッカールームで着替えていた俺の横に並ぶなり口を開いた忍足を横目に見る。

「何のことだ、アーン?」

忍足が何について言ったのか分からず、俺は僅かに眉を寄せた。

「脈無いと思うで。」

そう言われ、みょうじのことだとすぐに分かった。

「何でテメェにそんなことを言われなきゃならねぇんだよ。」

睨む俺を、忍足は気にした様子も無く着替えを続ける。

「みょうじは他人にあんま興味無いからな。難しいわ。」

「そんなことは分かっている。」

みょうじは俺を意識していないどころか、さして認識もしていないだろう。

だから、あの屋上での告白は、みょうじに俺の存在を示す為のものだったに過ぎない。

「はっきり言うわ。」

急に俺の方を見た忍足の目は随分と真剣だった。

「みょうじんこと、お前の気紛れで振り回すなや。」

忍足の抑えた声に、僅かに怒りが滲んでいるのが感じ取れた。

何故、忍足がみょうじをそこまで気にかけるのだろうか。

「気紛れなんかじゃねぇし、引くつもりもねぇよ。」

向き合って返せば、忍足は表情を険しくした。

「不用意に傷付けることになってもか?」

咎めるような声が耳障りだ。

「俺がそんな愚かな真似をするかよ。大体、そんな簡単に傷付くような奴じゃないだろうが。」

「それ、本気で言うとるん? 呆れるわ。」

苛々する。

忍足の非難がましい言葉よりも、みょうじのことをさも知っているかのような口振りが。

睨み付ける俺に、忍足は溜息を吐いた。

「勘違いすんなや。別に、俺がみょうじを好きやから牽制しとるとかやないで。」

そう言われ、自分が余裕を無くしていたのだと気付いた。

「ただ心配やねん。上手く言われへんけど。」

「ハッ…余計な世話だな。」

「……そうかも、しれんな。」

忍足は何か言いたげな顔をしたものの、それ以上は口を開かなかった。

何がどう心配なのか。

俺の脳裏に浮かぶのは、静かだが強さを秘めたあの瞳だ。


● ● ●


その日の昼休み、珍しく中庭で過ごしていた俺は耳に届いた声に眉を顰めた。

切れ切れに聞こえる言葉から、考えるまでもない。

(揉め事か。くだらねぇ。)

自分には関係の無いことだが、煩い。

気分を害された俺は、仕方無しに声のする方へ向かった。

辿り着いた場所には、数人の女共と、そいつらに囲まれている女が一人いた。

「お前達、何をしている。」

俺の声に振り返った女達は顔を引き攣らせて固まったが、すぐに言い訳を並べる為に口を開こうとした。

だが、そんなものを聞いてやるつもりは無い。

「さっさと失せな。」

冷たく言い捨てれば、女達は表情を歪ませながら足早に立ち去っていった。

「おい、お前、大丈夫か?」

一人残された女に半ば義務的に声をかけると、予想外の言葉が返ってきた。

「私は簡単に傷付けられない。」

静かな声で、しかし、はっきりと言い放った女の眼差しの強さに、自分が瞬間的に惹き付けられるのを感じた。

「一応、有難う。」

女は平坦な声で礼を言うと、何事も無かったように俺の横を通り過ぎた。

俺は、振り向きもしないその背中を黙って見送った。



心を奪われる

あの瞬間が始まりだった。


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