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跡部視点
「お早う、景吾。」
朝、いつものように屋敷の玄関を出ると、ここには居る筈のない恋人の声がした。
「なまえ、何でここに…」
目の前に立ったなまえの姿に驚く。
家の者は全てなまえを知っているからここまで通したのは分かるが、俺に何の報告も無かったのはどういう事だ。
肩越しに後ろに視線を向けると、見送りに出てきていた者達は頭を下げて屋敷の中に引っ込んだ。
その様子だと、おそらくはなまえが口止めをしたのだろう。
「君に最大級の愛と敬意と込めて。」
柔らかく微笑んだなまえが差し出したのは、シンプルにラッピングされた一輪の薔薇の花だった。
「ホワイトデーのお返し、か?」
「そうだよ。」
「ありがとうよ。…赤でも白でもないんだな?」
なまえの手から受け取った上品な紫色の薔薇に目を落とす。
薔薇を贈る場合、【愛】なら赤い薔薇を、【尊敬】なら白い薔薇を選ぶのが普通ではないのか。
「君にはこれが一番似合うと思ったから。誇り高い帝王様にはね。」
「お前の口からそんな賛辞を聞けるとは思わなかったぜ。…紅いな。」
仄かに染まっているなまえの頬にそっと触れれば、指先に伝わってくる熱。
「流石に少しは照れるよ。でも、君には自分の気持ちを隠さないで言うようにしている。」
真っ直ぐに俺を見据えるなまえの瞳はいつも綺麗だ。
「大事な人を不安にさせたくはないから。」
確かに、付き合うようになってからのなまえはいつだって自分の想いを言葉にしてくれていた。
そういう事は苦手そうだから意外に思っていたが…俺の為、だったのか。
「なまえ。」
愛おしくて、抱き締めずにはいられなかった。
「け、景吾、こんな所で…っ」
「先に仕掛けたのはお前だろ? 少し大人しくしろよ。」
他愛の無い抵抗してくるなまえをきつく抱き締める。
「そ、そんな覚えは無い。」
「違うだろ?」
細い首筋に顔を埋めると、俺がなまえに贈った香水の香りが微かにした。
酔ってしまいそうになるのは、この香りにか、それともなまえ自身にか。
「早く言えよ。」
なまえの耳元に唇を寄せ、言葉を促す。
「っ、……好き。景吾が好き。」
少し震える声で告げられた言葉に満足し、先程よりも熱を帯びた頬に口付けてからなまえを解放してやる。
「信じられない。自分の家の前で。」
俯いたなまえが耳まで真っ赤にしているを見て、喉の奥で笑う。
「だが、俺のことが好きなんだろう?」
なまえの細い肩を抱き寄せ、階段を下りていく。
「……そうだよ。」
眉間を寄せながら、それでもちゃんと肯定してくれるなまえは俺から離れようとはしない。
「俺もお前が好きだぜ。」
玄関前のロータリーに停まっている車の前で立ち止まり、なまえの唇に自分の唇を重ねた。
俺がなまえを好きになった事が
なまえが俺を好きになってくれた事が
俺の誇りだ――
誇り(2013.03.14)
※※紫の薔薇の花言葉は『誇り』『気品』『上品』『王座』『尊敬』です。
※薔薇の花言葉は本数によっても変わり、1本の場合は『あなただけを想う』『あなたしかいない』など。
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