まだ恋を知らない | ナノ


ヒロイン視点


豪奢な扉が開けられると、部屋中に色鮮やかな赤い薔薇が飾られていた。

その光景に驚いてその場から動かずにいると、そっと背中を押されて部屋の中へ入るように促された。

音も無く扉が閉まると同時に、ふわりと背中から温もりに包まれた。

「景吾…これ、如何したの?」

「イギリスでは、バレンタインは男性から女性に赤い薔薇を贈るものだからな。それに倣った。」

「そう、なんだ。…有難う。」

「ああ。だが、これだけじゃないぜ。」

景吾は私の頬に軽く口付けると、すぐに腕を解いた。

「取り敢えず、風呂に入ってこい。」

「…え?」

「急ぐ必要は無いぜ。ゆっくりしてきな。」

景吾は戸惑っている私の手から荷物を取り上げると、メイドの人を呼んだ。



「凄いな…」

案内されたバスルームの中に入ると、広い浴槽には色とりどりの薔薇の花が散らされていた。

ゆらゆらと、お湯に浮かんで揺れる薔薇が綺麗で、思わず溜息を漏らした。

シャワーで軽く身体を流してから湯船に浸かる。

「良い香り。」

柔らかく優しい香りは気持ちを和らげてくれるようだ。

両手で掬い上げた薔薇の花をお湯へと戻す。

ゆっくりと湯船に浸かりながら、私は漂う薔薇の香りを楽しんだ。



目の前の大きな鏡に映るのは、先程までとは別人の様になった自分の姿。

真紅のドレスを着させられ、それに合うアクセサリーで飾り立てられ、髪を結われ、化粧まで施されている。

「なかなか似合うじゃねぇか。俺の見立てに間違いは無かったようだな。」

後ろから聞こえてきた声に振り返れば、黒いタキシードを着た景吾が満足げな表情で立っていた。

「何故、着替えを?」

「食事に行くからな。…なまえ、動くなよ。」

景吾は急に私の足元に跪くと、足首に何かを吹きつけた。

少し遅れて仄かに立ち上がってきたのは薔薇の上品で優雅な香りだ。

「これもプレゼントの一つだ。」

立ち上がった景吾から綺麗な細工がされた香水瓶を受け取る。

「お前に似合うものを作らせた。」

「…有難う、景吾。」

色々と贅沢過ぎるけれど、景吾にそれを言っても仕方が無いから、私は素直にお礼を言った。



景吾にエスコートされてきたのは、ホテルの最上階にあるレストランだ。

グラスを持ち上げて乾杯をして、ノンアルコールのシャンパンに口をつけた。

私の口に合わせてくれたらしく、淡い金色に輝くシャンパンはほんのりと甘みがあって飲み易い。

グラスをテーブルの上に置いて、目の前に座っている景吾を見る。

「今日は本当に有難う。…ごめんなさい、私からは何も無くて。」

景吾にプレゼントは要らないと言われて、本当に何も用意しなかったことを私は後悔していた。

「そんなこと気にするんじゃねぇよ。俺がしたいからしただけだ。」

「だけど、…」

「いいんだよ。お前が喜んでくれているのなら、俺はそれで満足だからな。」

私を見つめる蒼い瞳はただ穏やかで、自惚れでは無く、愛されているんだと分かる。

「余計なことは考えねぇで、この時間を存分に楽しみな。」

「…うん。有難う。」

私は今日は何度目になるか分からない感謝を告げ、景吾に微笑み返した。



君を愛しています

(2012.02.14)
 

※赤薔薇の花言葉は『愛情』『あなたを愛します』『あなたを愛しています』『熱烈な恋』『恋焦がれています』『全てを尽くす』『捧げます』など。


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