跡部視点
足早に屋上へ向かった俺だが、扉の取っ手に手を掛けようとして…躊躇した。
『話があるから、放課後に屋上まで来て欲しい』
今朝、送迎の車を降りた俺に挨拶もせず、それだけ言って背中を向けたみょうじ。
そんなみょうじの胸中を量ることなど、俺には出来なかった。
だが、自分に与えられるだろう言葉は想像がつくような気がした。
おそらく、これで最後になるのだろう。
どんなに想ったところで、何もしてやれないのなら、俺の気持ちに意味など無い。
扉を開けてすぐに、フェンスの前に立つみょうじの後姿を見つけ、あの日と同じだと思った。
ただ違ったのは、みょうじが自分から俺に近付いて来たこととその表情だ。
揺らいではいるものの、何かの決意を秘めた瞳は、初めてみょうじに会った日よりも綺麗だと思った。
俺との間に微妙な距離を残して、みょうじは立ち止まった。
「それで、話というのは何だ?」
出来るだけ冷静に、口を開いた。
みょうじは一度目を伏せてから、再び顔を上げて真っ直ぐに俺を見た。
「私は……君が好き。けれど、それを認めたくなくて、無かった事にしようとしていた。私は、…君の隣に立つには相応しく無いから。でも、それでも…っ」
その瞳には涙が溢れてきているが、みょうじは俺から視線を逸らさない。
「もう遅いかも、しれないけれど……私は君が、好きだから……だから…っ」
頬を伝う涙を拭おうともせずに想いを口にするみょうじ。
そんな姿を目の当たりにして、手を伸ばさずにいられる訳がない。
「バカか、お前は。」
大人しく俺の腕の中に収まっている華奢な身体は細かく震えている。
「っ、……うん。」
「そこは否定しろよ。」
違う。
「……うん。」
「それしか言えねぇのかよ。」
言いたいのは、こんな言葉じゃない。
「……うん。」
抱き締めていた腕を解き、みょうじの両頬に手を添えて上を向かせる。
みょうじは涙で濡れた瞳で、それでも真っ直ぐに俺を見つめ返してくる。
「いいか、よく聞け。俺はお前が好きだ。お前の強い所も弱い所も全て引っくるめてな。だから、お前は安心して俺の傍にいろ。」
「っ、……有難う…っ」
「こういう時は笑えよ、…なまえ。」
目許の涙を指先で払ってやる。
「……うん…」
赤くなった目を細めて、なまえはぎこちなく微笑んだ。
それが堪らなく愛おしくて、再び抱き締めた俺の背中になまえの手が遠慮がちに触れた。
「もう離さねぇ。」
「うん……離さないで。」
俺の背中に回された細い腕に力が込められるのを感じた。
叶えられた希望有難う、私を好きでいてくれて。
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