![](//static.nanos.jp/upload/k/kanzennaru/mtr/0/0/20130111104947.gif)
ヒロイン視点
胸の中の花は咲いてしまった。
咲かずに散ってしまえば良かったのに。
一度咲いてしまった花は、この先枯れる事は決して無いだろう――
「跡部…」
無機質な硝子を隔てた先の遠ざかる後姿を指先でなぞる。
小さく零したその名前は、私の胸を締め付けるだけだった。
● ● ●寄せられている好意は十分過ぎる程に分かっている。
けれど、私にそんな価値など有りはしない。
だから私は、差し出されている手を取る事が出来ない。
そんな事は許されない。
それなのに、求める気持ちを止める事が出来なくなくて、心が壊れそうだ。
「大丈夫か?」
放課後の人の居ない屋上で、沈んだ思考に支配されている私に声を掛けてきたのは忍足だった。
首を動かして後ろを見ると、忍足は私に背中を向けて立っていた。
その気遣いに感謝しつつ、私は忍足からフェンス越しの景色へと視線を移した。
「何も起こっていない。だから、平気。」
自分自身に言い聞かせる様な言葉を吐き出す。
「何で、応えようとせんのや?」
「っ、……何の事か、分からない。」
繕う事も出来ず、声が震えた。
「逃げんなや。跡部の気持ちからも自分の気持ちからも。」
声を荒げたりはしないが、言葉を重ねる忍足は容赦が無い。
「逃げている、訳じゃない。ただ、私は……私には、資格が無いから。」
その隣に立つどころか、好きだと言う資格さえ、有りはしない。
「資格、て…何の資格やねん。所詮は言い訳やろ、そんなもん。そうやって、自分自身だけやなく、大事に想うとる相手のことも傷付けるつもりなんか?」
返せる言葉など、ある筈も無い。
「肝心なのはお互いの気持ちやろ? 大体な、ごちゃごちゃ考えるだけ無駄や。答えなんて結局、シンプルなんやから。」
「シンプル…?」
「大事なもんは、ちゃんと大事にせなアカンってだけのことや。」
「私に……それが許される?」
何度も冷たく拒んでおいて、今更求めるなどという事が。
「それは俺が答えを出すことやない。誰に問うべきか、分かっとるやろ。」
「だけど…」
目の前のフェンスの金網を握り締めると、金属同士が擦れ合う耳障りな音がした。
「何もせんかったら、ずっと辛いままやで。それでええんか?」
分かっている。
忘れる事も諦める事も出来ないのなら。
本当に失いたくないのなら。
どうすべきかなんて、決まっている。
「その手は何の為にあるん? 突き放す為やないやろ。」
私はフェンスから手を離し、俯いていた顔を上げた。
澄み切った青空が目に眩しい。
「有難う、忍足。」
「頑張りや。」
静かに遠ざかっていく足音を、私は振り向かずに聞いていた。
勇気を出しなさいちゃんと伝えるから。
←