まだ恋を知らない | ナノ


ヒロイン視点


胸の中の花は咲いてしまった。

咲かずに散ってしまえば良かったのに。

一度咲いてしまった花は、この先枯れる事は決して無いだろう――

「跡部…」

無機質な硝子を隔てた先の遠ざかる後姿を指先でなぞる。

小さく零したその名前は、私の胸を締め付けるだけだった。


● ● ●


寄せられている好意は十分過ぎる程に分かっている。

けれど、私にそんな価値など有りはしない。

だから私は、差し出されている手を取る事が出来ない。

そんな事は許されない。

それなのに、求める気持ちを止める事が出来なくなくて、心が壊れそうだ。

「大丈夫か?」

放課後の人の居ない屋上で、沈んだ思考に支配されている私に声を掛けてきたのは忍足だった。

首を動かして後ろを見ると、忍足は私に背中を向けて立っていた。

その気遣いに感謝しつつ、私は忍足からフェンス越しの景色へと視線を移した。

「何も起こっていない。だから、平気。」

自分自身に言い聞かせる様な言葉を吐き出す。

「何で、応えようとせんのや?」

「っ、……何の事か、分からない。」

繕う事も出来ず、声が震えた。

「逃げんなや。跡部の気持ちからも自分の気持ちからも。」

声を荒げたりはしないが、言葉を重ねる忍足は容赦が無い。

「逃げている、訳じゃない。ただ、私は……私には、資格が無いから。」

その隣に立つどころか、好きだと言う資格さえ、有りはしない。

「資格、て…何の資格やねん。所詮は言い訳やろ、そんなもん。そうやって、自分自身だけやなく、大事に想うとる相手のことも傷付けるつもりなんか?」

返せる言葉など、ある筈も無い。

「肝心なのはお互いの気持ちやろ? 大体な、ごちゃごちゃ考えるだけ無駄や。答えなんて結局、シンプルなんやから。」

「シンプル…?」

「大事なもんは、ちゃんと大事にせなアカンってだけのことや。」

「私に……それが許される?」

何度も冷たく拒んでおいて、今更求めるなどという事が。

「それは俺が答えを出すことやない。誰に問うべきか、分かっとるやろ。」

「だけど…」

目の前のフェンスの金網を握り締めると、金属同士が擦れ合う耳障りな音がした。

「何もせんかったら、ずっと辛いままやで。それでええんか?」

分かっている。

忘れる事も諦める事も出来ないのなら。

本当に失いたくないのなら。

どうすべきかなんて、決まっている。

「その手は何の為にあるん? 突き放す為やないやろ。」

私はフェンスから手を離し、俯いていた顔を上げた。

澄み切った青空が目に眩しい。

「有難う、忍足。」

「頑張りや。」

静かに遠ざかっていく足音を、私は振り向かずに聞いていた。



勇気を出しなさい

ちゃんと伝えるから。


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