財前視点 あれから先輩とはそこそこ頻繁にメールのやり取りをしている。 少しずつ先輩について知っていくのが、俺は嬉しかった。 甘いものは作るのも食べるのも好きだとか。 どんな本を読んで、どんな音楽を聴いているのか、とか。 そして、メールの文面(なぜか敬語)から滲み出てくる先輩の人柄に、俺はどんどん惹かれていた。 先輩は優しくて穏やかで…桜の花が似合う、暖かい春のような人だと思う。 それは初対面の時に感じた印象と変わらない。 だから、俺は先輩に弱いのかもしれない。 “冷たい”と言われることの多い俺は温かいものに人一倍弱いのだ、きっと。 風呂から出た俺は髪をタオルで拭きながら部屋に戻り、ベッドの上に放り投げていたケータイを拾った。 確認してみるが、届いていたのは登録してあるメルマガが一通だけだった。 アドレス帳から先輩の名前を選んでメールの新規作成の画面を開くが、本文を打とうとして指が止まる。 (昨日、けっこうメールしたんやった。) 本当なら毎日でもメールをしたいところだが、先輩に鬱陶しいとか思われたくない。 だけど、先輩と毎日は会うことができない俺には、メールは先輩と繋がれる唯一の手段と言ってもいい。 話題はといえば、今日はなにがあったとか、あの番組は面白かったとか、どうでもいいようなものばかりだが、それが楽しくて仕方ない。 (次はいつ会えるんやろ。) せめて同じ学年だったら…なんて、どうにもならないことを考えてしまう。 会えないのなら、教室まで会いに行けばいいのだが、先輩は謙也さんと白石部長と同じクラスなのが問題だ。 俺が先輩を好きだということを、あの二人に知られたくない。 だから、自分から先輩に会いに行くという選択肢はあってないようなものだ。 邪魔をされるとは思えないが、絶対からかわれるに決まっている。 容易に想像できる光景に深いため息をついた時、手に持ったケータイが急に鳴った。 慌てて画面を見ると、そこには先輩の名前が表示されていた。 メールではなく、着信だ。 「あかん、どないしよ。」 いや、出るに決まっているのだが、急なことで心の準備が出来ていない。 だけど、早く出なければ着信が切れてしまう。 一つ深呼吸をしてから、俺は通話ボタンを押した。 「……はい。」 『もしもし、財前くん? みょうじだけど、今お話しても大丈夫かな?』 「だ、大丈夫です、ぜんぜん…っ」 先輩の声が耳元でして、心臓の鼓動が音を立てて乱れる。 胸に手を当てれば、どくどくと心臓が脈打っているのが手に平に伝わってきた。 だけど、機械越しなんかじゃない先輩の声を直に聞きたいと思ってしまう。 『良かった。あのね、今日大福を作ったの。それで、財前くんに食べてもらいたいなって思って…明日、持って行ってもいいかな?』 「はい、ありがとうございます。その、…楽しみにしとります。」 『あんまり期待されると困っちゃうんだけどね。……そうだ、明日はお昼ごはん一緒に食べない?』 「……へ…」 間抜けな声が出てしまって、思わず手で口元を押さえる。 『学校でもなかなか会えないから、たまには財前くんとゆっくりお話したいなって。…あっ、でも、お友達と食べることになっているなら…』 「い、いやっ、大丈夫です、予定とかないんで。」 格好悪いことに声が少し上擦ってしまい、顔が熱くなる。 『じゃあ、約束ね。…また明日学校でね、財前くん。』 「はい、また明日。……おやすみなさい、みょうじ先輩。」 『うん、おやすみ。』 熱を帯びている耳から離したケータイを握り締める。 舞い上がってしまう気持ちが抑えられなくて、顔がだらしなく緩む。 (明日は先輩に会えるんや。) ← |