財前視点 彼女の柔らかな笑顔が目蓋の裏に焼き付いて離れない。 新学期が始まって一週間ほど経ったが、あの時の彼女とはあれきり会っていない。 分かっているのは転入生らしいということだけで、名前どころか学年さえも分からない。 「……はぁ…」 俺は席替えしたばかりの窓際の席で、何度目になるか分からないため息をついた。 (一目惚れとかありえへんわ。) 認めたくない気持ちとは裏腹に、彼女に出会った日から、何も変わらないはずの景色が鮮やかに色付いて見えている。 (重症や。) 自分が恋わずらいなんて…と、もう一度ため息を吐いてから俺は机に突っ伏した。 窓からの暖かな春の陽射しが心地良く、昼休みの騒がしい教室の片隅で眠りの中へと誘われていく。 睡魔との戦いを繰り返しているうちに午後の授業は終わり、あっという間に放課後になった。 部活に向かう前に特別教室棟へ行くと、満開だった中庭の桜は散り始め、葉桜になっていた。 (何してんねや、俺は。) どうにも感傷的になっている自分に呆れていると、まだ残っている花が散った。 ひらひらと数枚の花びらが風にさらわれて舞う。 地面に落ちていく儚げな薄紅の花びらを見ながら、脳裏に甦るのは彼女の柔らかな微笑みだ。 「たいぶ散っちゃったね、桜の花。」 背中越しに聞こえた、鈴を転がすような声。 その澄んだ綺麗な声に、ゆっくりと廊下を振り返る。 少し離れて立っていたのは、あの時の彼女だった。 今日はうちの学校のワンピースの制服を着ている。 だが、見慣れた制服も彼女が着ているというだけで、まるで違うもののように見える。 「こんにちは。」 あの時と同じ柔らかな微笑みを浮かべる彼女を見て、心臓を鷲掴みにされるような衝撃を覚えた。 バクバクと激しく鳴る鼓動の音が耳元で響き、呼吸が出来ないくらいに苦しくなる。 「っ……、…こんちわ。」 「会うのは二回目なんだけど、覚えてるかな?」 彼女が俺の方に近付いてきて、思わず後ずさりしてしまいしそうになる。 「お、おん。始業式ん時やろ?」 直視できなくて、目を伏せて彼女から視線を逸らす。 「うん。あの日は桜がすごく綺麗だったよね。」 隣に並んで窓ガラスの向こうにある桜の木を眺める彼女をちらりと横目で見る。 柔らかそうな栗色の髪も透けるように白い肌も、俺の心拍数と体温を上げるには十分過ぎる。 心臓が持ちそうになくて、俺はすぐに彼女から中庭へと視線を移した。 「これから部活なの?」 「…そう、やけど。」 横顔に視線を感じて、そろりと隣を見れば彼女と目が合った。 「頑張ってね。…じゃあ、またね。」 彼女はふわりと花が咲くような笑顔を俺に向けると、普通教室のほうへと廊下を戻っていった。 彼女が立ち去った後には、すっきりとしているが甘い香りが微かに残っていて、胸が締め付けられた。 「……あ。名前、聞けんかった。」 ← |