財前視点 自分の部屋なのに、なまえさんがいるというだけで緊張してしまう。 そのうえ、床に座ってもらうのは悪い気がしてベッドを勧めたのは失敗だったと思う。 「何か飲み物持って来ますわ。」 ゲーミングチェアに座ったものの、すぐに立ち上がって「お構いなく」というなまえさんの声を背に、自分の部屋から逃げ出す。 そして、冷蔵庫にあったペットボトルのアイスコーヒーをグラスに入れて戻ってきた。 一度息を吐き出してから、両手がグラスで塞がっている俺は肘でドアノブを押し下げて中に入った。 「お待たせしました。」 なまえさんに声をかけながら、背中でドアを押して閉める。 「おかえりなさい、光くん。」 座ったまま部屋の中を眺めていたらしいなまえさんの前にあるローテーブルに「どうぞ」とグラスを置く。 「ありがとう。」 「いえ。」 なまえさんがベッドの端から降りて床に膝を崩して座ったのを見て、俺は少し迷ってからその隣に腰を下ろした。 今日のなまえさんは膝くらいの丈のプリーツの入った淡い水色スカートに袖がひらひらしている柔らかそうな白いブラウスを合わせていた。 いつも可愛いというか、なまえさんなら何を着ていても可愛い。 アイスコーヒーを一口飲んでグラスをテーブルに戻したなまえさんを横目で見ると、目が合った。 ふわり、と柔らかく微笑まれる。 そうやって目が合えばいつも笑いかけてくれるから、その度に俺は堪らなくなる。 「そうだ、光くんって曲を作ったりするんだよね? 良かったら何か聴きたい…って、言ってもいいかな?」 両手の指を合わせて俺を覗き込むなまえさんに鼓動を乱される。 あざといような仕草もこの人の場合は素でやっているから適わない。 「ええですよ。」 どうにか冷静に返し、デスクからノートパソコンを取ってなまえさんの隣に戻る。 「ここらへんのが新しいやつなんでテキトーに聞いたってください。」 「うん、ありがとう。」 テーブルの上に置いたノートパソコンを操作するなまえさんの横顔をベッドに寄りかかりながら見る。 落ち着かない気持ちでグラスを傾ける俺とは対照的に、なまえさんは楽しそうだ。 斜め後ろから黙って見守っていると、何曲目かに“あの曲”が流れてきた。 うっかりしていたと後悔しても遅く、中身が氷だけになったグラスを握る手に力が入る。 「これ、綺麗な曲だね。他の曲は格好いい感じだったけど。」 俺を振り返ったなまえさんの反応に安心して、内心でだけ息をつく。 「たまにはそういうのもええかと思うて。まだ完成してへんのですけど…」 なまえさんから少し視線を逸らしながら水滴のついているグラスをテーブルに置く。 「そうなんだ。完成したらまた聴かせてね。」 「勿論ですわ。」 これは春を……いや、なまえさんをイメージした曲だ。 だから、綺麗なのは当然だし、聴かせたいのはなまえさんだけだ。 それを告げるつもりはないが。 なまえさんは「楽しみにしてるね」と、やっぱり柔らかく笑って、片膝を立てている俺の隣に座り直した。 スカートを両手で押さえて三角座りをしたなまえさんは、いつもより小さく見えて…… 「可愛え。」 口にするつもりはなかったが、声に出てしまった。 「光くん…?」 なまえさんは俺を見たまま驚いたように目を瞬かせた。 その様子を見て、いつも思っているものの言ったことはなかったと、今更ながらに気付く。 「……ほんまに可愛え。」 照れたように頬を淡く染めたなまえさんに、自然と引き寄せられる。 俺は片手を床について身を乗り出して、なまえさんの薄紅色の唇に自分の唇を重ねた。 ゆっくりと唇を離してなまえさんを見れば、真っ赤な顔で固まっていた。 自分も似たような状態だろうと頬に感じる熱で分かるが、取り繕うよりも今はなまえさんに触れたかった。 「もっかいしてもええですか?」 声を出さずに小さく頷いたなまえさんの頬に指先を添えると、睫に縁取られた目蓋がそっと閉じられた。 「なまえさん……好きです。」 囁くように言って、さっきよりも少しだけ強く唇を押し付けた。 微かに震えているなまえさんの唇はなんだか甘いような気がした。 (2024.03.23) ← |