財前視点 ダイニングテーブルのイスをそっと引いて腰を下ろし、キッチンに立っているなまえさんの後ろ姿を眺める。 今日のなまえさんは髪を片側に流していて、綺麗なうなじが見えている。 「あ、お風呂から上がったんだ、光くん。」 コンロの火を点けようとしたなまえさんが俺に気付いて振り返る。 「はい、ありがとうございました。」 「いえいえ。それより、ごめんね。着替えがお父さんのスウェットで。あんまり着てないのを選んだんだけど…」 「そんなん気にせんといてください。こちらこそ迷惑かけてもうて、すんません。」 「迷惑だなんて、そんなこと…あれ、光くん、ドライヤーは使わなかったの?」 まだ水滴のついている髪を見て、なまえさんは慌てたようにイスに座っている俺のところに来た。 「すぐ乾くんで大丈夫…」 「だめだよ、風邪ひいちゃう。」 ちょっとだけ強く言って、なまえさんは俺が肩にかけていたタオルで優しく髪を拭いてくれる。 世話を焼いてもらえるのが嬉しくて、俺は大人しくされるがままになっていた。 こんなことになっているのは、デートの途中で急な雨に降られてしまい、なまえさんの家に避難したからだ。 なまえさんが折り畳み傘を持っていたが、雨が激しくて二人とも濡れてしまい、順番で風呂に入った。 もう雨は止んで外は晴れているのだが、なまえさんはともかく、俺は服と靴が乾くまでは出かけられない。 そんな訳で、お昼はなまえさんの家で食べることになり、俺としては幸運だったとも言える。 なまえさんの作るお菓子はいろいろ食べてきたが、手料理は初めてなのだ。 それに、まだ一度もお互いの家に行ったことが無かったから、なまえさんの家に来るのも初めてだった。 そして本当に運が良いことに、なまえさんの家族は留守のため、今はなまえさんと二人きりだ。 「このくらいでいいかな。あとはちゃんとドライヤーで…」 急に黙り込んだなまえさんを見上げる。 「どうしはりました?」 「光くん、なんだか可愛いね。いつもは髪をセットしてるから…」 「っ、…あんま見んといてください。」 俯いてなまえさんから視線を外し、ワックスの取れた髪を無意味にいじる。 「あっ、ごめんね。男の子だもん、こういうのは嬉しくないよね。」 「謝らんでええですけど。…髪、乾かしてきますわ。」 俺は頬が熱いのを自覚しながら、なまえさんのいるキッチンを後にした。 普通の料理はそんなに得意じゃないと謙遜していたが、やはりなまえさんが作るものは美味かった。 手料理を堪能した後、俺は思いきってなまえさんの部屋が見たいと頼んだ。 普段から片付いているようで、特に待たされることもなく部屋へと案内された。 淡い色合いで落ち着いた雰囲気の部屋には、ごちゃごちゃしない程度に可愛らしい小物が置かれている。 「なんか…らしいッスね。」 「そうかな? えっと、立ったままなのも何だし、好きなところに座って。…はい、このクッション使ってね。」 俺は礼を言って丸いベージュのクッションを受け取り、白いローテーブルのそばに腰を下ろす。 なまえさんは薄ピンクのクッションを持ってきて、俺の隣に座った。 「あっ、あのね、光くん。良かったら、なんだけど……膝枕しようか?」 思ってもいなかった言葉になまえさんを見れば、自分の髪を指先でいじりながら頬を赤くしていた。 (冗談やって流しても良かったんやけど。) 俺はずいぶんとなまえさんに愛されているらしい。 「ほんなら、お願いします。」 少し膝を崩して座ったなまえさんの太腿に、俺は緊張しながら頭を乗せた。 後頭部に当たる、スカート越しの柔らかな太腿の感触に、心拍数が一気に上がる。 「こういうのって、照れるけど…いいね。」 見上げた先のなまえさんは俺の頭を優しく撫でてくれる。 「…そうッスね。」 繰り返し髪を通る細い指の温もりに、暴れていた心臓が少しずつ落ち着いてくる。 俺はなまえさんの空いているほうの手を握って目を閉じた。 なまえさんが小さく微笑った気配がして、俺の手を柔らかく握り返してくれた。 (2016.01.06) ← |