ひとめぼれ | ナノ


財前視点


「なんや、いつも悪いですよね。」

小ぶりな黒糖の饅頭を食べながら言えば、なまえさんは首を傾げた。

「急にどうしたの?」

「その…いつもごちそうになってもうて。」

「それなら気にしなくていいよ。お菓子作りは私が好きでやっていることだもの。」

「それは…そうかもしれへんですけど……なんちゅーか、その…」

「光くんに喜んでもらえたら私も嬉しいから。一緒に食べるのも楽しいし。」

にこりと微笑んだなまえさんの言葉。

「あの、それって……どういう意味、ですか?」

自分が先走っているのは分かっていたが、聞かずにはいられなかった。

「あっ…あの、えっとね……自分のしたことで誰かに喜んでもらえるって嬉しいじゃない? だから、その…そういうことだよ、うん。」

思いきって聞いてみれば、なまえさんは一瞬固まった後、妙にに焦った様子で答えた。

落ち着かなそうに制服のワンピースの裾を直すなまえさんの頬が少し紅くなっているように見える。

なまえさんの本当の気持ちなんて俺には分からない。

分からないが、その反応に期待してしまう。

大体、ただ待っていても何も変わらない。

ずっとこのままの関係でいるなんて、俺は我慢できない。

「俺はなまえさんみたいに良え人やないから、他人のことなんてどうでもええです。」

「うそ。光くんは優しいじゃない。」

「ちゃいますよ。」

俺は軽く息を吸ってから、なまえさんの目を真っ直ぐに見た。

心臓がバクバクして、握り締めた手の平には汗がにじんでくる。

「光くん…?」

「俺、なまえさんには優しくしとるんです。」

「それは……どうして?」

「……そんなん、決まってますやん。」

喉が渇いて声が張り付きそうで、ごくりと唾を飲み込む。

静かに俺の言葉を待っているなまえさんの目を見ながら、ゆっくりと唇を開く。

「俺は…」

「めっちゃウマそうや!」

急にした大きな声に驚いて二人で横を見れば、どこから現れたのか遠山がいた。

真夏でもないのにヒョウ柄のタンクトップを着た遠山は物欲しそうな目で饅頭を見ている。

「……良かったら、食べる?」

「エエの!? 姉ちゃん、おおきに! いっただきまーす!」

パアッと目を輝かせた遠山はなまえさんが差し出した重箱から饅頭を取り、勢いよくかぶりついた。

「元気な子だね。」

ガツガツ食べる遠山を見ながら、なまえさんは苦笑いをこぼす。

「そいつは遠山金太郎って、テニス部の一年ですわ。後輩が迷惑かけてすんません。」

「ううん、ぜんぜん迷惑じゃないから大丈夫だよ。」

「めっちゃウマい! なあなあ、もう一個食べてもええ?」

「うん、好きなだけ食べていいよ。…そんなにないけどね。」

「なまえさん、そんなん言うたらこいつ全部食いよりますよ。」

「姉ちゃん、ええ人やな! ほな、遠慮なく…」

今さらだが、その小柄な身体のどこに入るのか、饅頭は次々と遠山の胃の中に消えていく。

「す、すごいね…」

「いろいろと規格外の奴なんで。」

「はぁー、めっちゃウマかった! ごちそーさん!」

案の定、あっという間に重箱は空になった。

「姉ちゃん、ホンマにありがとうな!」

「いえいえ、どういたしまして。」

「ほな、またな!」

食べ終わった途端にパッと立ち上がった遠山は嵐のように去っていった。

遠山はほぼ饅頭しか眼中になく、俺がいることには気付かなかったらしい。

「俺もそろそろ行きますわ。」

完全にタイミングを潰された俺は、のろのろと立ち上がって脱いでいた上履きを履いた。

「あっ……うん。」

もの問いたげななまえさんの視線には気付かないフリをして、俺は屋上を後にした。

(あのゴンタクレ、後で覚えておけや。)



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