財前視点 「今日は葛饅頭にしてみました。夏には少し早いけどね。」 なまえさんがいつもの黒い重箱の蓋を開けると、餡を包んだ透明な葛が太陽の光を受けてつやつやと輝いた。 「どうぞ、遠慮なく食べてね。」 「…いただきます。」 柔らかな笑顔にドキッとしながら、ぷるぷるの葛饅頭を一つ取って口に運ぶ。 優しい甘みのこし餡はなめらかで舌触りも良く、もっちりした葛は柔らかくて、文句なしにおいしい。 (しかも、ちゃんと冷えとる。) 重箱の二段目に葛饅頭が入っていたから、一段目には保冷剤でも入れてあるのだろう。 「うまいです。」 一口サイズのそれを食べ終えてから、感想(という程でもないが)を言えば、なまえさんは顔を綻ばせた。 「口に合ったみたいで良かった。」 「なまえさんって、器用ですよね。」 「そうかな?」 「やって、味はもちろんですけど、見た目もキレイに仕上げてはるやないですか。」 「ありがとう。…けっこう頑張っているかな、そこは。やっぱり見た目も大事だからね。」 俺の言葉に、なまえさんは少し照れたように控えめに笑った。 やっぱり俺はなまえさんの笑顔に弱くて、いちいち心臓が過剰に反応してしまう。 それを誤魔化すように、まだ残っている葛饅頭に手を伸ばす。 約束している訳じゃないが、こうして週に一回はなまえさんと昼飯を食べるようになっていた。 そして、その時には毎回、なまえさんが和菓子を作って持ってきてくれる(洋菓子も好きらしいが今は和菓子に凝っているそうだ)。 それを食べながらなまえさんと話をするのが、俺にとって至福の時間だ。 だが、俺となまえさんの仲はさほど進展していなかった。 前よりもメールや電話の回数は増えているが、あくまで”仲の良い友人”といった感じだ。 この間のデートの時は、手を繋いだり甘味処で話が弾んだりと、なかなか良い雰囲気だったように思うのだが…。 俺の気持ちは少しも伝わっていないらしく、なまえさんの態度は何も変わらない。 (一人で空回りしとるだけなんやろか。) どうしたらいいのか分からなくて悩んでしまうが、簡単に諦めるつもりは全くない。 本当になまえさんが好きだ。 なまえさんに俺のことを好きになって欲しい。 俺が想っているのと同じくらいに。 こんなに強い感情を他人に抱いたことは今までなかった。 向かいに座っているなまえさんをちらりと見れば、気付いたなまえさんがふわりと微笑む。 甘く、胸が締め付けられる。 「光くん、どうしたの?」 「はい…?」 「具合が悪いの? なんだか辛そうな顔してる。」 細く白い手が俺の方に伸ばされる。 「な、なんでもあらへんです…っ」 慌てて顔を逸らすと、なまえさんは伸ばしかけた手を下ろした。 「大丈夫ならいいけど…」 「ほんまに、なんでもないですから。」 心配そうな顔をするなまえさんには悪いが、本当のことなんて言えるはずがない。 「…そう。……あ。雨?」 なまえさんにつられて空を見上げれば、空は明るく晴れているのに雨粒が頬に当たった。 「天気雨、みたいっすね。」 「強くなるかもしれないから、念のため中に戻ったほうがいいよね。」 「そうですね。」 俺は少しホッとしながら、片付けを手伝った。 ← |