ヒロイン視点 いつもより少し早く学校に着いた私は広い敷地をのんびりと散策していた。 「みょうじ先輩。」 なぜあるのか分からない噴水を見ていたら、背中から声をかけられた。 振り返ると、学ラン姿で鞄とテニスバックを持った財前くんが立っていた。 「おはよう、財前くん。」 「ども。おはようございます。」 財前くんは律儀に小さく頭を下げた。 「朝練だったのかな?」 「そうです。そんで、遠くから先輩の姿が見えたもんやから…」 「こっちに来てくれたんだ。」 わざわざ自分に声をかけてくれたことが嬉しくて、自然と笑顔になる。 「い、いや…」 口ごもった財前くんはどこか居心地悪そうに視線を足元に落とした。 耳が少し紅く見えるのは、きっと走ってきたことが理由じゃないのだと思う。 やっぱり人見知り…というか、少し照れ屋なのだろう。 「あの、みょうじ先輩。良かったら、なんですけど……今度一緒に甘味処に行きませんか?」 「甘味処?」 「甘いもん好きって、言うてはったやないですか。俺、ええ店知っとるんで。……いや、別に無理にっちゅー訳やなくて…」 「うん、いいよ。行きたいな。」 「…ええんですか? ほんまに?」 「もちろんだよ。誘ってくれて嬉しいよ。楽しみにしているね。」 なぜか財前くんは妙に驚いているようだけれど、お誘いが嬉しかった私はにこにこと笑顔を向けた。 「えっと…ほんなら、部活の休みが分かったら連絡しますんで。」 「うん。私はだいたい空いてるから、いつでもいいよ。」 「はい。」 なんだか照れている様子の財前くんを見て微笑ましい気持ちになっていると、 「あ、謙也くんだ。」 ふと、校舎の三階の窓に目立つ金色の髪を見つけて、私は小さく手を振った。 それに気付いた謙也くんは手を振り返してくれたけど、急いでいたのか財前くんが校舎のほうを見た時には歩き出していた。 「私たちもそろそろ教室に行かないとね。」 そう財前くんに声をかけながら、腕時計で時間を確認する。 「あの、先輩。」 「なぁに?」 視線を上げた私と目が合った財前くんは急に俯いて視線を足元に落とした。 「先輩は…謙也さんのこと、名前で呼んではりますよね。」 「うん。名前のほうで呼ばれ慣れているからって言われたのと、苗字よりも呼びやすいからね。」 「……せやったら、俺も…」 なにかを言い淀む財前くんは俯いているから表情は窺えないけれど、耳がさっきよりも紅くなっている。 「俺も…名前のほうが……呼びやすい、と思うんですけど…」 ぎりぎり聞き取れるくらいの小さな声で言った財前くんは完全に真下を向いてしまった。 名前で呼んで欲しい、ということなのだろうか。 そして、それだけ気を許してもらっていると思ってもいいのだろうか。 「財前くんのこと、名前で呼んでもいいの?」 「先輩なら、ええです。」 「ありがとう。光くんも、私のこと名前で呼んでくれていいからね。」 なぜか肩を小さく跳ねさせた光くんは、おそるおそるといった感じで私を見た。 可愛らしく真っ赤な顔をしている光くんに、にこりと笑いかける。 「……じゃあ、その……なまえさん、で。」 「うん。」 名前で呼んでもらってなんだか少し照れてしまうけれど、仲良くなれたようですごく嬉しい。 「デートかぁ。羨ましいな。」 「デートじゃなくて、一緒に出かけるだけだよ。」 財前くんと遊ぶ約束をしているだけなのに、白石くんにそう言われてあわててしまう。 「二人で遊ぶんなら、デートやろ? 仲良えな、自分ら。」 「謙也くんまで。」 にこにこしている謙也くんも白石くんも悪気はないのだと思うけれど、照れてしまって反応に困る。 自分が必要以上に動揺している理由を、この時の私はまだ分かっていなかった―― ← |