午前中の中休み、ちらりと隣の席を見れば、跡部は洋書らしき本に目を落としていた。
伏せられた長い睫毛が頬に影を作っている。
ごく一般的な学校のイスに座って本を読んでいるだけなのに、やたら絵になるのはなぜだろうか。
「ねぇ、跡部ー」
「何だ?」
自分の机に頬杖をつきながら少し間延びした声で呼びかければ、跡部は本から顔を上げずに返事だけした。
「今日って私の誕生日なんだよね。」
「そりゃ、めでたいな。」
やっぱり跡部は私の方は見ないで、すらっとした長い指で本の新しいページをめくる。
「だから、なにかプレゼントちょうだい。」
「そういう事は彼氏にでも頼みな。」
「跡部さ、私に恋人なんていないの知ってて言ってるでしょ。」
嫌味か、と少しムッとする。
「さあな?」
ここで初めて表情を変えた跡部だけど、その横顔はとても意地の悪いものだった。
それでも格好よく見えてしまうから、なんだか悔しい。
「まあ、それは置いといてさ、なにか私にプレゼントしてよ。」
「何で俺がお前にわざわざプレゼントなんてやらなきゃなんねぇんだよ。」
「いつもお世話してあげてるじゃん。だから、感謝の気持ちを表して欲しいなー、なんて。」
「くだらねぇ事を言うのはどの口だ。俺がいつお前の世話になったと?」
跡部がやっと本から顔を上げたと思ったら、思いっきり睨まれてしまった。
ちょっとした冗談なのに。
というか、美人が睨むとムダに迫力があるから止めて頂きたい。
「なんでもいいのにな…」
ぽつりと呟いた私は跡部から視線を外した。
高価なものが欲しいとか、そういうことじゃない。
ただ、“跡部から”のものが何か欲しいだけなのに。
そんなささやかな願いくらい叶えてくれてもいいじゃないか。
「はぁ……もう、いいや。」
私はため息をついた後、机の上にダラリと突っ伏して自分の腕に顔を埋めた。
「随分と諦めるのが早ぇな。」
パタンと本を閉じる音が聞こえた気がするけど、どうでもいい。
ふて腐れて、だんまりを決め込んでいると、不意に近付いた誰かの気配。
鼻先を掠める華やかでいて上品なこの香りは…
「なまえ。」
聞き慣れた声で初めて呼ばれた自分の名前に、ドキンと心臓が跳ねた。
ゆっくりと顔を上げれば、跡部が私のイスの背に手を置いて身を屈めていた。
「あと、べ…?」
間近に跡部の顔があって、ドキドキと心臓がうるさく鳴る。
「仕方ねぇからやるよ、プレゼント。」
声を出せなかったのは、跡部が私の口を自分のそれで塞いだから。
「これで十分だろ?」
教室が静まり返った後に上がった悲鳴はひどく遠く聞こえて、私はただ、愉しげな笑みを浮かべる跡部の蒼い瞳を見ていた。
(2011.11.27)
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