ベッドに寝転がった私は拗ねた気持ちで壁の時計を見た。
短針は文字盤に書かれた数字の11と12の間を指している。
もう少しで、【今日】が終わる。
結局、彼の口からは私の望んだ言葉は聞けなかった。
知らない筈が無いだろうに、彼は少しもその事には触れなかった。
私のことなんてどうでもいいと思われていたのかと深い溜息をついた時、着信を告げるメロディーが鳴った。
携帯電話のディスプレイに表示されているのは【柳 蓮二】の文字。
こんな時間に柳が電話をしてくるなんて何かあったのだろうかと、私は慌てて通話ボタンを押した。
「夜分遅くに済まない。柳だが…」
「どうしたの? 何かあった?」
「ああ、大事な用がある。……誕生日おめでとう、みょうじ。」
柳が言い終わったのと同時に、時計の短針と長針が12時のところで重なった。
「これで、俺が一番最後だな。」
携帯電話越しに聞こえる柳の声はどこか楽しげな色を含んでいる。
「どういうことなの?」
「最後の方が印象に残るだろう? それと、今日…いや、もう昨日か。俺の事で頭がいっぱいになっただろう?」
そこまで聞いて、私は自分がまんまと柳の術中にはまっていたことを悟った。
「わざわざそんなことをしなくても、私は柳のことしか考えてないよ。」
やられっぱなしは悔しいから、私はわざと素直に言った。
「っ……」
ストレートな言葉は思いのほか効いたらしく、電話の向こうで柳が息を飲んだのが分かった。
顔が熱いけれど、それを柳に知られることはないだろう。
「じゃあね、柳。」
「待ってくれ…っ」
通話を切ろうとしたら、珍しくあわてた様子の柳の声が聞こえてきた。
「なに?」
「その……これから会えないか?」
「え、これから…?」
「非常識だと分かっているが、大事な事は会って言いたいんだ。」
私は家族に見つからないように家を抜け出し、家の前まで迎えに来てくれた柳と近くの公園に向かった。
「悪かったな、わざわざ。」
「それはいいけど…柳らしくないね?」
急に夜中に会おうなんて、柳にしては随分と突発的な行動だ。
「すまない。本当は別のタイミングで伝えるつもりだったんだが……お前の言葉を聞いて、我慢出来なくなってしまった。」
街灯に照らされた柳は酷く真剣な表情をしていて、鼓動が跳ね上がる。
「みょうじ。」
伏せていた目を開けた柳は静かな、だけど熱を秘めた眼差しを私に向けた。
「お前が好きだ。俺と付き合ってくれないか。」
柳の薄い唇から紡がれた声が私の鼓膜を震わせ、心を震わせた。
「っ…うん。……私も柳が好き、だから…」
少し掠れた私の声に、柳はとても綺麗に微笑んだ。
「ありがとう。一日遅れになってしまったが、受け取ってくれるか?」
言いながら、柳は細長いケースを取り出して、蓋を開けてその中身を私に見せた。
街灯の光を反射してキラリと輝いたのはハートのチャームが揺れるシルバーのネックレスで、私が欲しいと思っていたものだった。
柳が知っていたのは当然、なのだろう。
「誕生日プレゼント、だよね? ありがとう、嬉しい。」
「喜んでもらえたのなら何よりだ。…折角だから着けてやろう。」
柳はケースからネックレスを取り出して、手を私の首の後ろに回した。
(普通、後ろに回って着けるものじゃないのかな?)
正面に立っている柳との近過ぎる距離に、頬に熱がこもってくる。
「出来たぞ。」
「うん…ありがと。」
顔を上げると、先程よりもはっきりと熱を帯びた瞳に見つめられた。
「柳…?」
「……帰ろう。送っていく。」
少しの間を置いてから曖昧に笑った柳が私の手を取る。
「うん…」
私は少し熱く感じる柳の手をそっと握り返した。
(2011.11.16)
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