子猫の気持ち 仁王視点 「なあに? 子猫さんはまた甘えに来たの?」 中庭のベンチに座って本を読んでいる彼女に背中から抱き付くと、彼女は少しだけ笑いを含んだ声で言った。 「いい加減、その呼び方は止めて欲しいんじゃが。」 「だって、あなたって本当に子猫さんなんだもの。」 彼女の視線は本に落とされたままで、少しも俺には向けられない。 いつも通りの手応えの無さを感じた俺は、一つ溜息を吐いて彼女から離れ、隣に腰かけた。 「良い天気じゃな。」 「そうね、お昼寝日和だわ。」 本を読みながらも会話を続ける彼女は、俺の存在を邪魔にはしていないらしい。 「何なら膝くらい貸しちゃるよ。」 「いいえ、結構よ。…それより、今日は子猫さんはお昼寝しないの?」 「そうじゃのぅ、枕があればするんじゃけど…」 言いながら、俺は彼女の横顔に視線を向けた。 「いいわよ。」 思いがけない返事を返され、俺は目を瞬いた。 「但し、お痛をしないのならね。」 彼女は本から顔を上げると、俺に向かってふわりと微笑んだ。 少しだけ緊張しながら、彼女の柔らかい太腿の上に頭を乗せる。 しかし、見上げた先に見えるのは本の表紙で、それに隠された彼女の顔は見えない。 それが面白くなくて、俺は本を持っていないほうの彼女の手を取った。 「本当に甘えに来ただけなのね、子猫さんは。」 彼女が淡く笑った気配がして、手をやんわりと離されたかと思うと、細い指が俺の髪を撫でた。 それが心地良く、そのまま目を閉じようとすると、彼女の手は離れた。 かさりと音を立てて本のページが捲られるのを聞いていると、再び彼女の手が下りてきて、今度は俺の頬を撫でた。 彼女の指先は優しくて、少し擽ったい。 「随分お利口さんね?」 「牙を剥いてもムダなんじゃろうが。」 「そうね。狼はあまり好きじゃないわ。」 彼女は頬から移動させた手で、からかう様に俺の顎を撫でる。 「子猫が無害とは限らんよ。」 「ええ、知っているわ。爪を立てられるくらいは覚悟しているもの。」 どこまで俺の気持ちを分かっているのか、分かっていて取り合う気がないのか、彼女はくすりと小さく笑う。 「俺に引っ掻かれたいん? それとも…噛み付いてやろうかの。」 彼女の手を取って自分の口元に引き寄せたところで、ぽつりと水滴が頬に落ちた。 「今日はこれでお開きね。」 あくまで優しく彼女に手を振り払われる。 「みょうじ。」 起き上がった俺は彼女に背中を向けてベンチの端に座ったままで話しかけた。 「なあに?」 「いつなったら俺に懐いてくれるん?」 「…またね、仁王くん。」 「!」 勢いよく振り返ると、彼女は俺に背を向けて歩き出していた。 「初めて名前で呼ばれたのぅ……」 俺は口元が緩むのを隠せないまま、校舎の角に消えて行く彼女の後姿を見送った。 (2011.06.17) |