跡部視点
「お邪魔します…」
執事に俺の部屋まで案内されてきた彼女は緊張を隠せない様子だった。
俺の家に来るのは初めてで、おそらくは気後れしているのだろう。
別に、身構えるような事は何も無いと思うのだが。
「そんな所に突っ立ってないでこっちに来いよ、なまえ。」
読んでいた洋書を閉じてテーブルの端に置き、足を組み替える。
「うん。」
素直に近付いてきた彼女の手を引いて隣に座らせ、頬を撫でて口付けを一つ落とす。
唇を離した途端に彼女はさっと俯き、髪の隙間から見える耳や首筋が紅く染まっていた。
未だに初々しい反応をする彼女が愛おしい。
「まだ慣れねぇのな。」
彼女の肩に腕を回して抱き寄せれば、触れ合った部分から温もりが伝わってくる。
「っ、……ち、近過ぎるよ。」
「いいじゃねぇか。せっかく学校以外で二人きりなんだぜ。」
「で、でも…」
「ま、どうしても嫌だと言うのなら離してやるが……どうなんだ?」
「……ずるいよ、景吾くん。」
彼女が頬を染めたまま小さく言って凭れ掛かってくるから、俺は笑いを噛み殺した。
今日は天気が良く、庭でティータイムを楽しもうと木陰に席を用意させた。
先程、二人で散歩した時に手入れの行き届いた庭を彼女が気に入っていたからだ。
「柔らかくて上品な香りだね。色も綺麗。」
彼女の言うように、ティーカップの中で優しい香りをさせている紅茶は深いオレンジだが透明感のある色をしている。
「お前好みの味だと思うぜ?」
「そうなんだ? じゃあ、早速いただきます。」
彼女がティーカップに口を付けたのを見てから、自分もティーカップを口に運んだ。
セカンドフラッシュらしい濃いしっかりとした味わいで、上品な甘みが口の中に広がる。
渋味が少なくまろやかで甘さのある風味は彼女の口に合うだろう。
「本当……おいしいね。」
「気に入ったのなら、帰りに持たせてやる。」
「…なんだか申し訳ないな。」
俺に続いてティーカップを置いた彼女が少し困ったように笑う。
「何を遠慮してやがる。客をもてなすのは当然だろ。お前なら尚更だ。」
「ありがとう、景吾くん。……クッキーもいただくね。」
最初から気になっていたのだろう。
甘いものに目がない彼女は、ティースタンドのプレートに並んだ数種類のクッキーの中から一つを手に取った。
俺は彼女が作ってきたというガレット・ブルトンヌに手を伸ばす。
つやつやと光っている表面に格子模様がしっかりとついているそれを一口かじってみる。
外側はサクサクとしていて、中はほろっと解けるような口どけで、バターの風味が香った。
本来なら効いている塩味は控えめで、優しい味わいは彼女らしいと思いながら、残りを口に入れる。
向かいに座っている彼女を見れば、うちのパティシエが作ったクッキーがよほど美味しかったらしく、頬を緩ませていた。
俺の視線に気付いた彼女が小さく首を傾げる。
「景吾くん、どうかした?」
「何でもねぇよ。ただ、お前が好きだと思っていただけだ。」
ふっと笑いかけると、彼女は一瞬の間の後、顔を真っ赤に染め上げた。
「な、何…急に…っ?!」
「急じゃねぇよ。いつも思っている。」
「っ、…わ、私も……景吾くんが大好きだよ。」
顔を真っ赤にしながら、それでも俺を真っ直ぐに見て言葉にしてくれた彼女に、温かい気持ちになる。
「ありがとうよ、なまえ。」
「そんな…私こそ、ありがとう。……どうしよう、私…幸せ過ぎて、どうにかなっちゃいそう。」
目の前で幸せそうに微笑む何よりも大切な人。
この愛おしい存在をずっと守っていこうと、俺は自分の心に誓った。
(2012.05.30)
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【シッキム】
かつてシッキム王国があったインド・シッキム州政府が管理する唯一の茶園「テミ茶園」で生産されている。気候条件がダージリンに似ているので風味も類似しているが、生産量も少なく手に入りにくい「幻の紅茶」である。水色は濃くて深いオレンジ色だが、透明感がある。軽やかな甘い香りが特徴で、クセのないさっぱりとした飲み口で渋みが少ない。ストレートティーに向く。ダージリンと同じく、クオリティーシーズンと呼ばれる収穫期が三つある。
【ミッディ・ティーブレイク】
午後のおやつ時(3時頃)のティータイム。お茶請けにはクッキーや簡単な焼き菓子などが用意される。
【ガレット・ブルトンヌ】
フランスのブルターニュ地方の伝統的な焼き菓子。
※日本では、「ガレット・ブルトンヌ」と呼ぶのが一般化されているが、本場では厚いものを「パレット」、薄いものを「ガレット」と分類しているとか。そのため、本来は厚焼きの場合は「Palets Bretons(パレット・ブルトン」と呼ぶらしい。
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