君といると心が休まる | ナノ
ヒロイン視点


仕事が一段落し、少し休憩しようとお茶の準備を始めた時だった。

給湯スペースに跡部くんがやって来て、調理台の上に新しい紅茶の缶が置かれた。

「それと、これをお前にやる。」

言われるままに受け取り、手の中にあるものを見てみると、それは砂時計だった。

二つあるということは、3分計と5分計だろうか。

真鍮製の砂時計はアンティークのようなクラシカルなデザインで、私は一目で気に入った。

少し傾けてみれば、透明なガラスの中の真っ白な砂がさらさらと流れる。

「素敵……ありがとう、跡部くん。」

顔を上げてお礼を言えば、跡部くんはふっと微笑んだ。

「これで時間を間違わずに済むだろう?」

「あ、跡部くん…っ」

口元を歪めた跡部くんが数日前の私の失態を揶揄していることは明白だった。

でも、いつもはちゃんと腕時計で時間を計っているのだ。

それなのに、あの時は跡部くんが…

「良い茶葉なんだ、ちゃんと淹れろよ。」

「……分かってます。」

少し膨れて跡部くんに背中を向けると、後ろで小さく笑う気配がした。



沸騰したお湯を茶葉の入ったティーポットに注いで蓋をして、跡部くんに貰ったばかりの砂時計をひっくり返す。

ガラス製のティーポットの中で茶葉がくるくると踊るように回っているのを確認して、冷めないようにティーコジーを被せる。

(紅茶の淹れ方も慣れたよね。……この間の失敗は置いといて。)

それまで紅茶は缶やペットボトルでしか飲んだことがなくて、茶葉での淹れ方なんて知らなかった。

本に載っている手順を見ながら実際にやってみると、最初はなかなか上手く出来なかった。

でも、少しずつ慣れてきて…跡部くんは私の淹れる紅茶を飲んでくれるようになった。

すごく嬉しかったけれど、それだけだと思っていた。

跡部くんが自分に優しく笑いかけてくれる日が来るなんて、想像さえしていなかった。

(あ、そろそろかな。)

少し前のことを思い出していたら、あっという間に時間が過ぎていて、砂時計の砂が全て落ちそうになっていた。

被せていたティーコジーを取り、砂が落ちきったところでポットの蓋を開けて、スプーンで一回だけ掻き混ぜる。

立ち上がる甘い香りに感動しつつ、ティーストレーナーで茶殻を漉しながらティーカップに紅茶を注いでいく。

最後の一滴まで注げば完璧だ。



「良い香りだな。」

優雅にティーカップを持ち上げ、満足そうに微笑んでティーカップを傾けた跡部くんに倣って、私も明るく澄んだオレンジ色の紅茶に口を付けた。

コクがありながらも柔らかい味と共に甘い香りが口の中に広がる。

「すごくおいしいね。」

跡部くんの持ってきてくれる茶葉はいつも味が違うけれど、これは特に高級なものだと思う。

たぶん、値段を知ったら眩暈がしそうな気がした。

「跡部くんといると、舌が贅沢になりそう。」

私は少し苦笑いを零して、カップをソーサーに戻した。

「別に悪い事じゃねぇだろ。本物の味を知っている、というのはな。」

「それは、そうかもしれないけど…」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、素直に楽しめよ。」

さらに一口飲んでから、跡部くんはソーサーの上にカップを置いた。

「そうだね。紅茶がおいしいのも嬉しいけれど、跡部くんが隣にいてくれるんだもの。…ありがとう。」

少し照れながら、隣にいる跡部くんに微笑みかける。

「礼を言うところじゃねぇよ。俺は頼まれて一緒にいる訳じゃねぇからな。」

跡部くんは目を和ませて、柔らかく微笑む。

「なまえ、お前が好きだからだ。」

優しい声と共に、肩に回された手に抱き寄せられる。

間近に迫った顔に、ぎゅうっと目を瞑ると、小さく音を立てて鼻先に唇が落とされた。

「…っ、……跡部くん…あの……」

お互いの吐息を感じる距離で見つめられ、頬の熱は上がるばかりだ。

「これだと仕事にならねぇな。」

溜息混じりに呟いた跡部くんは私の額に口付けると、そっと身体を離した。

「お前はまだゆっくりしていろ。」

そう言い残し、跡部くんはソファーから立ち上がると、カップとソーサーを持って会長の席に戻っていく。

その背中を見つめながら、私は自分の唇にそっと触れた。

感じてしまった淋しさを誤魔化すように、まだ温かい紅茶を口に運んだ。


(2011.11.11)
 

【祁門】
「キームン」「キーマン」「キーモン」などと呼ばれる。水色は黄色みのある澄んだ明るいオレンジ色。ストレートティーだけでなくミルクティーにも向く。特級品の蘭や薔薇の花のような香りはキーマン香と呼ばれる。中級品はややスモーキーな香り。渋味や苦味は少なく、しっかりとしたコクがあり濃厚な味で、花蜜のような甘みがある。収穫期は3〜9月となり、特級品の収穫は3月から4月にかけて。イギリス女王の誕生日茶会に饗されることでも知られている。世界三大紅茶の一つ。

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