君といると心が休まる | ナノ
ヒロイン視点


今日は水曜日でテニス部の練習が休みだから、放課後は跡部くんと生徒会の仕事をすることになっていた。

色々と忙しい時期ではあるけれど、息抜きも必要だからと、私はティータイムの用意をしていた。

紅茶の茶葉を蒸らしている間に、早起きして家で焼いてきたスコーンをオーブンレンジで軽く温める。

朝食の時に味見したのだけれど、ふっくらと焼き上がって中はふわふわで、それなりの出来だと思う。

そして、数日前にたまたま作っていた苺のジャムと、本を見て作ったクロテッドクリーム(に近いもの)も持って来ているから、準備はばっちりだ。

ちなみに、この給湯スペースは跡部くんが一年生で生徒会長になった時に設置したらしい。

「なかなか気が利いてるじゃねぇか。」

「きゃあっ!?」

いきなり耳元で声がして、驚いた私は皿に乗せようとしていたスコーンを落としそうになってしまった。

ソファーに座っていたはずの跡部くんがいつの間にか後ろに立っていて、私の腰に腕を回してきたのだ。

跡部くんは肩越しに私の手元を覗き込んでおり、さらさらした髪が首筋をくすぐる。

「すぐに用意できるから、座って待ってて?」

制服のシャツ越しに伝わってくる温もりに、どきどきと煩い心臓を宥めながら、跡部くんに声をかける。

「跡部くん…?」

反応のない跡部くんを不思議に思って後ろを振り返ろうとしたら、頬に音を立てて口付けられた。

「っ、……あ、跡部くん!」

「何だ?」

「紅茶! もう時間だから…っ」



ソファーの前に置かれているテーブルの上にティーセットを並べ、跡部くんの隣に座る。

跡部くんは黙ったまま、湯気の立っているティーカップを傾けた。

「……蒸らす時間、短かったんじゃねぇの?」

「えっ…ご、ごめんなさい。淹れ直してくるね。」

カップから口を離した跡部くんの指摘に、慌ててソファーから立ち上がろうとしたら、手を掴まれてしまった。

「これでいいから座れ。」

「……うん。」

躊躇いながらも小さく頷くと、跡部くんは私の手を離してくれて、今後はスコーンに手を伸ばした。

跡部くんがフォークで横半分に割ったスコーンの端にクロテッドクリームとジャムを塗る。

私は落ち着かない気持ちで、あまりおいしくないだろう紅茶が入ったティーカップを口に運んだ。

(やっぱり失敗だ。)

一口だけ飲んでカップをソーサーに戻し、私はこっそりと溜息を洩らした。

「まあまあの出来なんじゃねぇの?」

「……え。」

跡部くんからの意外な評価に、安心したというよりも驚いてしまった。

きっと普段は一流の人が上質の素材で作ったものしか食べていないだろうに。

「何だよ、その反応は。褒めてやってるんだぜ、俺が。」

「う、うん…ありがとう。」

「それでいい。……なまえ。」

少し低く甘くなった声で名前を呼ばれ、向けられている蒼い瞳に確かな熱を感じ、鼓動が跳ね上がる。

「ま、待って、跡部くん…っ」

「もう待たねぇよ。」

跡部くんから逃げられるはずもなく、長い指に顎を掬い上げられて、少し強引に唇を奪われてしまう。

背中に回った腕に身体ごと抱き寄せられ、角度を変えて何度も口付けられる。

次第に甘く深くなっていく口付けに、溶かされてしまいそうだ。


――結局、跡部くんが満足して私を離してくれる頃には紅茶はすっかり冷めてしまっていて、淹れ直すことになったのだった。


(2011.09.03)
 

【アールグレイ】
水色は濃いオレンジ色。ストレートティーやアイスティーに向いている。ベルガモットで柑橘系の香りをつけた紅茶で、フレーバードティーの一種。ベルガモットの香りは精油や香料で着香されることが多い。茶葉は中国産・インド産・スリランカ産などがブレンドされて使われることが多い。アールグレイは様々なメーカーから販売されており、メーカーごとに味も香りも異なる。

【フレーバードティー】
茶葉に香料でフルーツや花、スパイス、ハーブなどの香りをつけたもの。香料には天然香料と人工香料がある。乾燥させた果物や花びらが混ぜられたものもある。
※「フレーバーティー/フレバリーティー」といった場合は、今では茶葉に果物や花などの様々な香りをつけた紅茶のことだが、元々は香りの良い紅茶のことだった。

【クリームティー】
英国等の喫茶習慣の一つ。基本は紅茶とスコーンのセットで、クロテッドクリームとジャムが添えられる。

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