ヒロイン視点
昼食を終え、跡部くんと並んで歩きながら生徒会室へと向かう。
こうして隣にいられることは私にとっては奇跡のようで、まだ今の関係には慣れない。
「何だ?」
いつの間にか私はその横顔を見つめていて、それに気付いたらしい跡部くんと目が合った。
「な、なんでもないよ…っ」
気恥ずかしさから、慌てて跡部くんから視線を外す。
「お前…」
跡部くんが何か言いかけたところで生徒会室の前に着き、私は扉を開けてそそくさと中に入った。
純白の上品な磁器のティーカップの中では輝くような琥珀色がフルーティーな香りを放っている。
跡部くんのお気に入りの一つである紅茶を淹れてからパソコンに向ったけれど、なかなか集中できない。
すぐに意識が跡部くんにいってしまうからだ。
自制していたからだろう、片思いだった頃のほうが普通に振る舞えていた気がする。
(こんなことじゃダメ。ちゃんと仕事をしないと。)
浮付く気持ちを無理矢理に落ち着かせ、私は自分の仕事へと集中した。
「終わった…」
いつもより集中力を使った所為だろう、強張っている首や肩を回す。
「なまえ、終わったのなら持って来い。」
「…うん。」
聞き慣れている声で自分の名前を呼ばれるのにはまだ慣れなくて、返事が少し遅れてしまう。
「確認お願いします。……跡部くん? どうしたの?」
プリントアウトした資料を会長のデスクに座っている跡部くんに差し出すけれど、何故か受け取ってもらえない。
「きゃっ!?」
不思議に思っていると、急に手首を掴まれて強い力で引っ張られた。
咄嗟に瞑った目を開けると、何をどうしたのか、私は跡部くんの膝の上に座ってしまっていた。
「あ、え……なんで?」
降りようにも、私の腰には跡部くんの腕がしっかりと巻き付いている。
跡部くんが私の肩に顎を乗せてきて、さらさらした薄茶色の髪が頬をくすぐった。
「大人しくしてろ。」
耳のすぐ近くで跡部くんの声がして、一気に心臓が暴れ出す。
「なっ、なんで、こんな…っ」
私が身を捩っても、跡部くんは離してくれないどころか、逆に腕の力が強まる。
「跡部くん、離して…っ」
「暴れるなよ。資料の確認が出来ねぇだろうが。」
混乱している私をよそに、跡部くんは私の持っている資料に目を通し始めたようだ。
この様子だと、いくら訴えても無駄らしい。
仕方なく抵抗を諦めた私は、跡部くんが目を通し終えたページを捲っていく。
だけど、心臓はどきどきしっぱなしで落ち着かない。
触れている部分から伝わってくる確かな温もりと、いつもより強く感じる跡部くんの香りに、くらくらする。
「いい加減、慣れろよ。」
「…え?」
「俺に慣れろって言ってんだ。」
急に口を開いた跡部くんの言葉の意味が分からないでいると、少し苛立ったように言われた。
「そんな……急には無理だよ。だって、ずっと憧れてたんだよ。それが…」
「傍にいるんだ、俺は。離れようとするな。」
「跡部くん……うん。」
どこか願うような響きを持った言葉に、もしかして私の態度のせいで傷付けてしまっていたのだろうかと心配になる。
「ったく、人がどれだけ我慢してると思ってんだ。」
溜息が聞こえたかと思うと、不意に頬に触れた柔らかい感触。
私の手から落ちた書類が音を立てて床に散らばった。
「い、今の…?」
「今日はこれで我慢してやる。」
真っ赤になって固まる私を抱き締め直して、跡部くんは満足そうに笑った。
(2011.06.12)
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【ダージリン】
水色は透明度の高い琥珀色。ストレートティー向き。世界最高と称される特徴的な香気(マスカットフレーバー、あるいはマスカテルと呼ばれる)と、好ましい刺激的な渋味(一般にパンジェンシーと表現される)を持つ。クオリティーシーズンと呼ばれる収穫期が三つ(3〜4月がファーストフラッシュ、6〜7月がセカンドフラッシュ、10〜11月がオータムナル)あり、それぞれに特徴がある。世界三大紅茶の一つ。
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