君といると心が休まる | ナノ
跡部視点


心地好い陽光の下、俺は午後の一時を彼女と共に過ごしていた。

テラスに置かれたソファーにゆったりと身を預ける俺達の前には、瑞々しい新緑と咲き乱れる花々に彩られた庭が広がっている。

「卒業しちゃったね。」

俺の隣でぽつりと零すように言った彼女は、ティーカップの中の艶やかな紅色の水面に視線を落としている。

「お前は随分と泣いていたな。」

涙ぐんでいる生徒はそれなりにいたかと思うが、ぼろぼろ泣いている生徒は殆んどいなかったように思う。

卒業生の多くがそのまま高等部へと内部進学し、周りの顔ぶれがあまり変わらないという事が大きな理由だろう。

実際、彼女の友人達の中にも他校へ進学する生徒はいないそうだ。

「それは、…もう言わないで欲しいな。」

改めて触れられるのは恥しいようで、彼女はまだ赤みの残る目を伏せたまま小さく口を尖らせた。

「自分でもよく分からないけれど、涙が出てきちゃって……なかなか止まらなかったんだもの。」

俺の為にも泣いてくれたことのある彼女だが、別に泣き虫という訳では無い。

「からかっている訳じゃねぇよ。それだけクラスメイトに恵まれていたって事なんだろ。」

「うん、すごく良いクラスだったよ。担任の先生も含めてね。」

目を緩く細めた彼女はカップをテーブルの上のソーサーへと静かに戻す。

「人との出会いってのは尊いものだからな。」

言いながら、俺の脳裏に浮かぶのは入学式の日に出会ったアイツらの顔だ。

絶対に、本人達にはそんな事は言わないが。

「そうだね。……私にとって、景吾くんと出会えたことは奇跡だったよ。」

俺を見つめる彼女の瞳は降り注ぐ春の陽射しよりも温かい。

「俺は奇跡なんて不確かなものは信じないが…」

彼女の頬にそっと手の平を添え、酷く優しげな色をしている瞳を見つめ返す。

「お前との出会いが、俺にとって掛け替えのないものだったという事は紛れもない真実だ。」

ゆっくりと顔を近付けていけば、彼女の繊細な睫毛に縁取られた目蓋が下ろされる。

そして、

唇を合わせたのは彼女の方からだった。

すぐに離れる唇を追いかけ、彼女の頭を引き寄せる。

僅かに首を傾けて柔らかな唇を優しく食む。

何度も啄ばむように口付けながら、彼女をソファーの上へと沈める。

「景吾くん。」

ゆるりと目蓋を持ち上げた彼女の両手が俺の頬を包むように触れる。

「私と出会って、私を選んでくれて……ありがとう。」

先程よりも強く押し付けられた唇は酷く甘いような気がした。

「私、すごく幸せだよ。」

「俺も幸せだぜ。俺に幸せを与えてくれるのはお前だ。」

頬に触れている手の片方を掴んで口元に引き寄せ、細い指に唇を押し当てる。

「なまえ、俺はお前を愛している。お前は俺にとって唯一の存在だ。」

「っ……景吾、くん…」

互いに求め合い、何度も繰り返す口付けは次第に深いものになってゆく。

深く重なる唇が離れた時には、彼女の甘く掠れた声が俺の名を呼ぶ。

俺も彼女の名前を囁いて、離した唇をまた重ねる。

「どうした?」

睫毛を濡らしている涙に唇を寄せると、彼女はまだ涙の溜まっている目を開けた。

切なげな吐息を洩らした彼女の熱を帯びている唇を指の腹でなぞる。

「景吾くん、私も…あなたを愛してる。私にも景吾くんだけが特別なの。」

甘やかに微笑んだ彼女の唇から紡がれた言葉に、俺の心はどうしようもなく震えた。

俺は絶対に離してはならない。

この大切な存在を、何があろうと決して。

この先の未来も、ずっと、俺と共にあるのは彼女だ。


(2017.05.27)
 

【英徳】
英徳紅茶(えいとくこうちゃ)。別名は「英紅(えいこう)」。水色は艶やかで深い紅色で、明瞭なゴールデンリングが見られる。香りは強く、花のように甘い香り。風味は濃厚で甘く、まろやかで芳醇。ストレートの他、ミルクティーでも飲まれる。現在、高品質の英徳紅茶を作っているのは中国でも1社のみと言われており、入手は非常に困難。英徳紅茶という名で、本物とは明らかに異なる製品が数多く流通しているが、品質は良くない。1963年にイギリス女王が貴賓をもてなすための紅茶として選んだ。

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