君といると心が休まる | ナノ
ヒロイン視点


目蓋越しに柔らかな陽の光を感じ、眠りに沈んでいた意識がゆっくりと浮上していく。

だけど、ふかふかのベッドが心地良くて、もう少し微睡みの中にいたいと思ってしまう。

そうやって二度寝の誘惑にかられていると、微かに甘い香りが鼻腔を擽った。

「そろそろ起きろ、なまえ。」

指先で優しく頬を撫でられ、まだ重たい目蓋を持ち上げる。

「……景吾、くん…」

間近にある恋人の顔をぼんやりと見つめる。

「おはよう。」

「ああ、おはよう。」

柔らかく微笑んだ景吾くんの顔が更に近付いて、唇に温もりが触れた。

甘やかな口付けを受け、静かに目蓋を閉じる。

微睡みの中に再び落ちていきそうになっていると、触れていた温もりが離れた。

「目覚ましに飲むだろ?」

「……う、ん…?」

曖昧な返事をしながら目蓋を開けると、ベッドの近くにティーセットが並んだワゴンが置かれているが目に入った。

ベッドに腰掛けていた景吾くんが立ち上がり、ティーポットからティーカップへと紅茶を注ぐ。

「熱いから気を付けて飲めよ。」

「ありがとう。」

ベッドに沈み込んでいた身体を起こし、景吾くんから湯気の立っているティーカップを両手で受け取る。

おいしそうな色のミルクティーで満たされたティーカップを片手に持ち直し、口へと運ぶ。

私は甘い香りを楽しんでから、ゆっくりとティーカップを傾けた。

濃厚でコクがあり、甘みもある柔らかな味わいだ。

そして、ミルクティーにしては後口がさっぱりしていて飲みやすい。

ほっと一息つき、そういえば昨日は景吾くんの家に泊まったのだと、ベッドの豪奢な天蓋を見上げながら思い出す。

家具が一通り揃えられた広い部屋を見渡すと、大きな窓からは穏やかな秋の陽射しが射し込んでいた。

ふかふかのクッションに背中を預けて、再びミルクティーに口をつける。

ベッドの中で景吾くんが淹れてくれた紅茶を飲むなんて贅沢な朝だなと思ったところで、ハッとした。

「わ、私っ、寝起き…っ」

「漸くちゃんと目が覚めたようだな。」

ティーカップを持っているからベッドの中に潜ることも出来ず、くつくつ笑っている景吾くんから顔を背けるのが精一杯だ。

「あの……寝顔、見たよね?」

知らないほうがいいのかもしれないと思いつつ、おそるおそる尋ねる。

「ああ、なかなか間抜けで面白かったな。」

「ま、まぬけ…」

景吾くんの言葉に、乱れているだろう髪を梳かしていた手が止まる。

「嘘だ。可愛かったぜ。」

「っ……着替える、から…出て行ってもらっても…」

「手伝ってやろうか?」

「け、結構です!」

耐えられなくなった私が大きな声を出すと、景吾くんは可笑しそうに喉の奥で笑った。

「景吾くん、あんまりからかわないで。」

「悪かった。…なまえ。」

微かな音がしてベッドが小さく揺れ、景吾くんが乗り上げてきたのが分かった。

「こっち向けよ。」

「嫌。」

顔を逸らしたままでいると、熱を持っている頬に唇が押し当てられた。

「さっきの言葉は嘘だが…お前なら、どんな時でも何をしていても可愛いぜ。だから、その可愛い顔を俺に見せてくれ。」

狡い人、だと思う。

意地悪を言ったのと同じ口で甘い言葉を囁いて。

「なあ、なまえ。」

悔しいのと恥ずかしいのとで、景吾くんのほうを向けずに押し黙る。

「そんなに拗ねるなよ。」

「……拗ねてなんて…ないよ。」

「そうか。…これから朝食だが、一緒に食べるだろ?」

「…うん。」

小さく頷いて、そろりと景吾くんを見る。

私と目が合って、片足をベッドに乗り上げていた景吾くんが目を細めて微笑む。

景吾くんは愛おしげに私の髪を撫でてから部屋を出て行った。

(やっぱり狡い。)

私は甘い敗北感を味わいながら、まだ残っている紅茶に口をつけた。


(2015.02.25)
 

【ルフナ】
水色はやや黒っぽい深みのある濃い赤色。ミルクティーに向く。いぶしたようなスモーキーフレーバーが特徴だが、近年は甘い香りを携えた高品質なルフナも見られるようになってきた。渋みはあまりなく、コクがあって濃厚な味わい。仕上がった茶葉は黒色に近くになる為、ブラックリーフと呼ばれる。一年を通して収穫される。

【アーリー・モーニング・ティー】
朝、起き抜けに飲む紅茶のこと。元々は上流階級から始まった習慣で、執事やメイドに運ばせた紅茶をベッドの中で楽しんでいた。一方では、朝早くに仕事に出かける夫がまだ寝ている妻に一杯の紅茶を届けてから家を出るという習慣もあった。現在でも、家庭によっては一番最初に起きた人が家族みんなに紅茶を用意してあげたり、また昔のように夫が妻のベッドまで運んでくれる家庭もあるとか。

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