跡部視点
少しの期待も許さない俺の言葉に泣き出した女に背を向けて歩き出す。
決して振り返りはしない。
それが俺なりの最上級の配慮だ。
中途半端に優しくする事ほど残酷な事は無いからだ。
こんな事は日常茶飯事で、いちいち落ち込みはしない。
だが、いつだって後味は悪い。
(行けば居るか。)
ふと彼女の姿が頭に浮かんだ。
こういう時は“あれ”に限る。
「跡部くん、こんにちは。」
「ああ。」
生徒会室の扉を開ければ、やはり中には彼女が居た。
自分専用のソファーに腰を下ろすと、少ししてから目の前のテーブルにティーカップが置かれた。
夕陽を思わせるような深い紅色がティーカップの中で揺れている。
「どうぞ。」
「ありがとうよ。」
彼女は静かに微笑み、言葉少なに自分の席に戻って仕事を再開した。
気品のある柔らかな香りを少し楽しんでから、ティーカップに口を付ける。
熱い液体が喉を通り過ぎて、俺は漸く一息ついた。
身体の内側から温まり、強張った心が緩やかに解れていくような気がする。
● ● ●
「珍しいな。」
俺が零した呟きに答える者は居ない。
いつも生徒会室に行けば必ず彼女が先に居たが、今日はその姿が無いのだ。
少し待てば来るかとも思ったが、彼女は現れない。
「…らしくもねぇ。」
人ひとりが居ないだけで調子が狂うなんて、どうかしている。
だが、彼女の居ない空間はどこか物足りない。
そして無性に、彼女の淹れる紅茶が飲みたくて仕方なかった。
● ● ●
「こんにちは、跡部くん。」
次の日、生徒会室の扉を開ければ、彼女はいつもの様に笑顔で俺を迎えた。
「お前、どうして昨日は来なかった?」
「昨日は家の用事で学校を休んだの。」
何でも無い事の様に言って給湯スペースの方へ歩いていこうとする彼女の腕を掴む。
「跡部くん?」
彼女は俺を振り返って、不思議そうに首を傾げた。
「何故、俺に言っておかなかった。」
「ごめんなさい。わざわざ言う程のことじゃないと思って…」
「そうかよ。」
まるで、俺と彼女には何の関係も無い、という言い方に苛立ちを覚える。
だが実際、俺と彼女の間には“生徒会長と生徒会の役員”という関係しかない。
その事実が気に入らない。
「どうしたの? 何か……少し変だよ?」
「何でもねぇ。」
今頃、自分の気持ちに気付くなんて、どうかしている。
「でも…」
「本当に何でもねぇよ。」
どうして今まで気付かなかったのか。
「もしかして、私の仕事に不備があったかな? それとも急な仕事が入ったとか…」
「何の話だ?」
「私のいない間に何か問題でもあったのかなって。それで…」
何を勘違いしたのか、彼女は不安そうな顔をする。
そういう顔を見たい訳じゃない。
「あのな、俺が一人では何も出来ねぇとでも?」
苛立ちから、つい強い言い方をしてしまうあたり、俺は余裕が無いらしい。
「そんなふうには思っていないけど。……あの、…腕を離してもらえるかな?」
「あ?」
「その、……少し、痛いから…」
「っ…悪い。」
彼女の腕を掴んだままだった手に力が入り過ぎていた事に今になって気付き、すぐさま手を離す。
「ううん、大丈夫。」
淡く笑む彼女だが、その白い腕には赤く痕が残っていた。
俺は何をやっているのか。
「えっと……紅茶、淹れるね。」
「みょうじ。」
逃げるように背中を向けた彼女を、俺は半ば衝動的に後ろから抱き締めた。
彼女が息を飲んだ気配がしたが、それには構わずに腕の力を強める。
「お前、俺のものになれよ。」
「っ、…どうして、急に……そんなことを言うの?」
「俺がお前を好きだからだ。」
彼女の細い身体が大きく揺れた後、華奢な手が遠慮がちに俺の腕に触れた。
「知らなかった? 私の心は、とっくに跡部くんのものなんだよ。」
「…そうか。」
「うん…」
彼女を抱き締めている俺の腕に、温かい雫が落ちた。
「何故、泣く?」
「っ、…ごめ、なさい……嬉しく、て……手が、届くなんて…思ってなかった、から…」
「謝らなくていい。…俺はここにいる。」
振り向かせた彼女の頬に手を添えて顔を上げさせ、視線を合わせる。
「みょうじ、お前が好きだ。」
繰り返した俺の言葉に、彼女はこれ以上ないくらい幸せそうに微笑んだ。
「私も…跡部くんが好きだよ。」
(2011.05.02)
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【アッサム】
水色は澄んだ濃い目の深い紅色。ミルクティーに適するが、ゴールデンチップ(新芽)が豊富に含まれた高級品はストレートティーにも向く。豊かで芳醇な香りを持つ。コクのある濃厚な味わい(モルティーフレーバーと呼ばれる)で甘みがある。3〜12月半ばまでが収穫時期で、5〜7月収穫のもの(セカンドフラッシュ)が最高級とされる。日本で最も飲まれている紅茶の1つ。
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