ヒロイン視点
パイ生地にカスタードクリームを伸ばし、その上に大きめに切って砂糖と蜂蜜で煮たリンゴを並べる。
最後にパイ生地を被せて溶いた卵黄を塗り、温めておいたオーブンに入れる。
これで、あとは焼き上がりを待つだけだ。
私はリビングの壁に掛けてある時計を確認し、使い終わった料理道具を洗い始めた。
「あの……景吾くん。」
キッチンでアップルパイを切り、紅茶の用意をしていた私は少し手を止めた。
「何だ?」
「そんなに見られていると、やりづらいんだけどな。」
景吾くんはリビングのソファーに座って、ずっとカウンター越しにこちらを見ているのだ。
「邪魔はしてないだろ。」
「そうだけど…」
いまだに私は、景吾くんの長い睫に縁取られた蒼い瞳にじっと見つめられると照れてしまうのだ。
頬が少し熱を持ってきているのが自分で分かる。
それに景吾くんも気付いたのだろう、ふっと笑みを零した。
私は乱れる鼓動を抱えながら、低温殺菌の牛乳を温めておいたティーカップに注いだ。
茶殻を漉しながら鮮やかな真紅色の紅茶をカップに注いでいくと、ミルクと混ざり合って濃厚なクリームブラウン色になる。
仕上げに、自分のカップにだけマシュマロを3つ入れた。
「美味いな。」
アップルパイを一口食べた景吾くんの言葉が嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとう。お母さんのレシピだから気に入ってもらえて嬉しいよ。」
「そういえば、菓子作りが好きなのは母親の影響だと言っていたな。」
「そうだよ。私が小さかった頃はよくおやつを作ってくれていたから。」
程良く溶けたマシュマロが浮かぶミルクティーを口に運ぶ。
マシュマロの優しい食感と口の中に広がる柔らかな甘さに頬が緩んだ。
「甘そうだな。」
「うん、甘くておいしいよ。景吾くんは、飲み物の甘いのはあんまり好きじゃないよね。」
だから、景吾くんのミルクティーにはいつも砂糖を入れない。
「まあな。」
「溶けたマシュマロ、おいしいのにな。」
言いながら、甘い香りを漂わせているミルクティーに口を付ける。
「俺はこれで十分だ。」
傾けていたカップから口を離した途端、わざとらしく音を立てて口付けられた。
急な戯れに少し固まっていると、手に持っていたカップが取り上げられてソーサーの上に置かれた。
するりと頬を撫でられ、こめかみに唇が触れて、私は反射的に目を瞑った。
前髪を掻き分けられて露わになった額に。
閉じた目蓋や淡く熱を帯びた頬に。
顔中に口付けを散らされた後に、唇が合わせられた。
景吾くんの腕の中に閉じ込められ、何度も何度も唇が降ってくる。
優しく髪を撫でてくれる温かい手が心地好い。
私は繰り返し与えられる甘い口付けをただ受け止める。
どれくらい口付けの雨は降っていたのか。
最後に、軽い音を立てて景吾くんの唇が離れた。
「なまえ。」
つい顔を伏せてしまうと、熱を持った頬に大きな手が当てられ、おずおずと景吾くんを見る。
柔らかな光を宿した蒼い瞳に、胸がきゅうっと甘く締め付けられる。
「景吾くん、好き。すごく好きだよ。」
突然の言葉に景吾くんは少し驚いたみたいだったけど、すぐに優しく瞳を細めた。
「俺も好きだぜ、なまえ。」
極上に甘い囁きが落とされ、私は最上の笑顔を返して景吾くんの広い胸に頬を寄せた。
(2013.08.11)
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【ウバ】
水色は明るい鮮紅色。品質の高い茶葉はティーカップに注いだ時に金色の輪が内側の縁に浮かび上がって見え、それはゴールデンリング(あるいはゴールデンカップ)と呼ばれる。菫や鈴蘭の花などにたとえられるほのかな甘い香りの上にメンソールのような爽やかな芳香を伴うものが代表的な上質種とされるが、収穫時季や茶園によって様々な香りがする。好ましい刺激的な渋味(一般にパンジェンシーと表現される)を伴う芳醇な風味。上級種はストレートティーとして香りを楽しむことが多いが、ウバ茶一般としてはミルクティーに向く。収穫は一年中行われており、クオリティシーズンは6〜9月頃(ベストクオリティーシーズンは7〜8月で、この時の水色は淡い)。世界三大紅茶のひとつ。
【一杯の完璧な紅茶の淹れ方】
2003年に英国王立化学協会が発表した、美味しい紅茶の淹れ方を示したもの。この中で「ミルクを先に注ぐ方がタンパク質の熱変性が少なく風味が良い」と科学的に結論づけられた。
※イギリスでは、ミルクティーを淹れる時に、ミルクを先に入れて後から紅茶を入れるか(ミルク・イン・ファースト)、紅茶を先に入れてミルクを後から注ぐか(ミルク・イン・アフター)で意見が分かれ、この論争は130年ほど続いたと言われる。
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