君といると心が休まる | ナノ
跡部視点


自習だった4時限目から生徒会室にいた俺は少し仕事をした後、ソファーでうたた寝をしていた。

終業のチャイムで起こされた後も横になったまま微睡んでいると、扉の開く音が微かにした。

「景吾くん?」

静かな空間に溶け込むような彼女の柔らかな声。

そして、足音を立てないように近付いてくる気配。

少し重い目蓋を開ければ、ブランケットを手に持った彼女が傍に立っていた。

「あ、起き…きゃっ」

伸ばした手で華奢な手を掴んで少し強く引っ張れば、バランスを崩して傾いた彼女の身体が倒れ込んでくる。

視界の端で、彼女が愛用しているピンクのチェック柄のブランケットが床に落ちるのが見えた。

仰向けになっている自分の身体に圧し掛かる心地好い重みと温もりを抱き締め、彼女の柔らかな髪に鼻先を埋める。

「お前は……良い香りがするな。」

「あ、あの…っ」

「離れるなよ、なまえ。」

俺の上から逃げようとする彼女の薄い腰に回している腕に力を込める。

彼女の背中をゆっくりと撫で上げていき、細い項を引き寄せて唇を塞ぐ。

指先で上質なシルクのように艶やかな髪を梳きながら、柔らかい唇の感触を何度も確かめる。

俺のシャツを握り締めている彼女の少し速い鼓動が伝わってきて、俺は小さく笑みを零した。

「景吾くん、お願い、もう離して…」

彼女の熱を孕んだ甘い吐息が俺の唇を掠める。

「しょうがねぇな。」

淡く色付いた目許に唇を押し付けてから、彼女の身体を自分の上からソファーへと転がした。

ソファーの背凭れと自分の間にいる彼女を抱き寄せて目を閉じる。

「景吾くん、眠いの?」

「少し寝る。」

「うん。後で起こすから、ゆっくり休んで。」

彼女に逃げる気配がないのを確認して身体の力を抜くと、細い指が作り物の髪を一度だけ撫でた。



鼻先を掠める香りに目を覚まして身体を起こすと、かけられていたブランケットがずり落ちた。

「よく眠ってたね。」

控えめに笑って俺の前にティーカップを置いた彼女が隣に座る。

少し濃いめのオレンジ色の液体は透明感があり、繊細な香りを漂わせている。

簡単に畳んだブランケットを脇に置き、ティーカップに手を伸ばす。

花のような香りを少し楽しんでから、ティーカップを傾けて熱い液体に口をつけた。

なめらかなコクがあってまろやかな優しい味わいに、僅かに口元が緩む。

「景吾くん…疲れてる?」

「そう心配するな。少し寝不足だっただけだ。」

気遣わしげな視線を寄越す彼女に軽く笑ってみせて、少し低い位置にある頭を撫でる。

「そう。でも、あんまり無理しないでね。」

「ああ。休んだから大丈夫だ。」

仄かに香る彼女の髪から手を離し、ティーカップを口に寄せる。

「それならいいけど。ところで、おなか空いてない? お昼まだだよね? サンドイッチならあるよ。」

「何で知ってるんだ?」

「クラスの人に聞いたの。景吾くん、自習のプリントを終わらせたら教室から出て行ったって。」

「それで昼休みになってすぐに生徒会室に来たのか。俺の事は気にするな。それはお前の昼飯なんだろうが。」

「いいから、一緒に食べよう?」

「…悪いな。」

部活がある訳でもないから、一食くらい抜いても平気だが、彼女の笑顔を前に断るのは気が咎めた。

「ううん。それより、早く食べないと休み時間なくなっちゃうよ。」

言われて壁の時計を見れば、思っていたよりも眠っていたようだ。

「そうだな。」

ティーカップを置き、差し出されたランチボックスからサンドイッチを一つ手に取る。

俺はチキンとアボカドのサンドイッチを食べながら、明日は俺が彼女に昼食をご馳走しようかと考える。

学食でもいいが、ここに家のシェフを呼ぶという手もある。

以前そうした時には、彼女は随分と驚いていたが、たまにはいいだろう。

「なまえ、明日の昼休みは教室まで迎えに行く。」

「うん、待ってるね。」

みなまで言わずとも昼食の誘いだと分かったらしく、彼女は嬉しそうに笑った。


(2013.02.16)
 

【ウダプセラワ】
水色は明るいが少し濃いめのオレンジ色をしていて透明感がある。ストレートティーで香りを楽しむのも良いが、ミルクティーにしても味がしっかり出る。花のような繊細な香りを持ち、穏やかなコクがあってマイルドな味わい。収穫時期に特徴があり、モンスーンの影響でクオリティーシーズンは2度(7〜9月、1〜3月)ある。

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