ヒロイン視点
「景吾くん、邪魔しないで。」
「してねぇだろうが。」
背中から私を抱き締めて肩に顎を乗せている景吾くんに小さく溜息をつく。
というのも、今は景吾くんの家のとても立派なキッチン(というか厨房?)を借りてフルーツたっぷりのタルトを作っている真っ最中だからだ。
だけど、景吾くんに背中から抱き着かれているせいで作業にならない。
「おいしくないのなんて食べたくないでしょ?」
「それはそうだが……お前の方が美味そうだな。」
私を抱き締める景吾くんの腕に力が入ったと思うと、うなじに唇が押し付けられた。
「け、景吾くん…っ!?」
「こっち向け、なまえ。」
強引に顔だけを振り向かされて唇を塞がれる。
噛み付くような口付けに驚いて身を引くけれど、調理台と景吾くんに挟まれていて、ほとんど身動き出来なかった。
しかも、腰には景吾くんの腕がしっかりと回っている。
髪に差し入れられた手に顔を引き寄せられ、深く唇を貪られる。
私の全てを喰らい尽くそうとするかのような激しい口付けに、身体が細かく震える。
膝から崩れ落ちそうになったところで漸く唇が解放され、足りなくなった酸素を必死で取り込む。
景吾くんが支えてくれているおかげでなんとか立っている状態だ。
「邪魔しないで、って言ったのに。」
顔が赤いことを自覚しつつも薄く涙の滲んだ目で景吾くんを睨む。
「そんな顔してると本当に食っちまうぜ?」
「っ!?」
「バーカ。さっさと作れよ。」
景吾くんは固まっている私の頭を少し乱暴に撫でると、あっさりと身体を離した。
「なんで離れてんだ、お前は。」
「……だって…」
大きなソファーの端っこで、私は真ん中に座っている景吾くんのほうを見ないままで口ごもる。
だって、今まであんな食べられてしまいそうな口付けはされたことがない。
いつもはもっと優しい感じで、さっきみたいなのは初めてで…
「安心しな。取って食いやしねぇよ。」
笑いを含んだ声で言われて、かぁっと頬が熱くなる。
今は何を言ってもからかわれるだけだと思い、私はついさっき執事さんが淹れてくれた紅茶に黙って手を伸ばした。
可愛いらしいワイルドストロベリーの小花と赤い実が描かれたティーカップの中では、透き通ったオレンジ色が薔薇のような優雅な香りを湯気と共に漂わせている。
ゆっくりと淡い黄色のカップを傾けて一口だけ飲み、ほっと息をつく。
気持ちを落ち着かせようと、内側にも可憐な花が咲くカップにもう一度口をつける。
(これって…)
柔らかく穏やかな飲み心地で、私の好みに合わせてくれているのだと分かる。
心の中がほんのりと温かくなるのを感じながらカップをソーサーに置くと、それと同時にソファーが沈んだ。
景吾くんが私のすぐ隣に座り直したからだ。
思わず身体を強張らせてしまうと、躊躇いがちに指の背で頬を撫でられた。
「さっきは悪かったな。…怖がらせたか?」
いつもより少し弱々しく聞こえる心配そうな景吾くんの声。
「…大丈夫だよ。」
頬に触れている景吾くんの手に自分の手を重ねて繋ぎ、きゅっと握る。
私は目を閉じて、景吾くんの手の甲に頬をすり寄せた。
「少し驚いただけで、嫌じゃなかったよ。」
「…そうか。」
景吾くんは安心したように小さく息を吐くと、私の目蓋に唇を押し当てた。
反対側の目蓋にも口付けられて、景吾くんの胸に抱き込まれる。
頬に添えられた手に上を向かされて、親指の腹で唇をなぞられる。
目を閉じると、そっと唇が降りてきた。
何度も優しく唇を啄まれながら、私は景吾くんの背中に腕を回した。
さっきとは違って、景吾くんの腕の中はすごく安心する。
触れるだけの唇が重なる度に、景吾くんを好きだという気持ちが溢れてくる。
だけど、唇を離したくなくて、言葉の代わりに景吾くんの背中に回している腕に力を込める。
景吾くんが微かに笑ったのが触れている唇から伝わってきた。
(2013.01.26)
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【ディンブラ】
水色は上品な橙色。アイスティーやアレンジティーに最適。薔薇の香りに似た柔かいが強い香気を持つ。爽やかな渋味(ブリスクと表現される)を伴うが、柔らかくマイルドな風味。クオリティーシーズンは1〜3月。
※この話に出てくるカップ&ソーサーは「Wedgwood(ウェッジウッド)」の「ワイルド ストロベリー ブルーム」というシリーズで、優しいパステルカラーのピンク・ブルー・イエローの3色があります。
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