君といると心が休まる | ナノ
ヒロイン視点


コートに立ち尽くす姿に、涙が止まらなかった。

一緒に戦ってもいない私に泣く権利なんてないのに。

だけど、いろんな感情が込み上げてきて、胸の中がぐちゃぐちゃになって、私は小さな子供みたいに泣くじゃくった。

試合が終わった後も泣き止めないでいる私を見て、髪の短くなった彼は『酷い顔だな』って少し笑った後に私を抱き寄せた。

背中に回った手が微かに震えているのを感じて、私はさらに泣いてしまった。


● ● ●


「無駄になっちゃったな。」

戸棚の奥から取り出した未開封のままの紅茶の缶をそっと撫でる。

缶のデザインが綺麗なこの紅茶は、品揃えが豊富なお店で色々な茶葉を試飲して選んだ。

あまり聞いたことのない種類だったけれど、景吾くんが好みそうな風味だったから。

「気に入ってくれると思ったんだけどな。」

これは、お祝いする為に用意したものだ。

『一番近くで俺達の勝利を拝ませてやる』

その景吾くんの言葉を私は信じていた。

だけど、結果は…

なんとも言えない気持ちで溜息をつくと、それと同時に生徒会室の扉が開いた。

「…景吾くん。」

思わぬ人物の登場に動揺してしまう。

「どうしたの? まだ早い時間なのに。」

私は目が覚めてしまったから、早く学校に来たのだけれど。

「別に。何となくだ。そういうお前は?」

「私もなんとなくだよ。」

「そうか。」

「うん。…紅茶でも淹れようか?」

「ああ、頼む。それは俺が持って来たものじゃないな?」

隠そうとした紅茶の缶を、近付いてきた景吾くんに見られてしまった。

「ちょっと気になって買ってみたの。」

「なら、それを淹れてくれ。」

「えっと、……冷房がきいているから温かいのでいいかな?」

「お前に任せる。」

そう言うと、景吾くんは私に背中を向けて、ソファーのほうに歩いていった。



ティーカップを持ち上げる景吾くんの隣で、私も自分のティーカップを手に取った。

淡いオレンジ色が綺麗な紅茶は柔らかく甘い香りをさせていて、味わいは繊細でなめらかだ。

「美味いな。俺の好みだ。」

「それなら良かったよ。」

中身が少し減ったカップを音を立てずにソーサーへ戻した景吾くんが私を見る。

その瞳に複雑そうな色が浮かんでいるように見えるのは、私が自分の気持ちを投影してしまっているからなのか。

「なんて顔してんだ、お前は。」

「え…」

そっと頬に景吾くんの手が触れ、壊れ物を扱うような繊細さで撫でられる。

頬を撫でていた手が髪を梳き、後頭部へと回って景吾くんの胸元へと引き寄せられた。

景吾くんが私の髪に頬擦りする。

そのまま目を閉じて広い胸に耳を押し当てれば、静かな鼓動が聞こえてくる。

「お疲れさま、景吾くん。」

「…ああ。」

髪に柔らかく口付けが落とされる感触があった。

私はもう言葉が見つけられなくて、しがみつくように景吾くんに抱き着いた。

しわ寄ってしまうのに、景吾くんの背中のシャツを握りしめてしまう。

胸元に顔を埋める私を景吾くんの両腕が優しく包む。

「ありがとうな、なまえ。」

どうして、そんな言葉が私に向けられるのだろう。

やっぱり私は言葉が出てこなくて、伝わってくる温もりを感じながら、込み上げてくる涙を必死で堪えた。


(2012.11.01)
 

【カングラ】
水色は少し緑がかった黄色(ファーストラッシュの水色?)。3〜4月にかけてのファーストフラッシュの時期に生産されたものは、ダージリンに似た香りがあり、味はダージリンよりも柔らかく「ヒマラヤンティー」として有名。生産量が少なく、また日本国内では無名で手に入りにくい。

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