君といると心が休まる | ナノ
ヒロイン視点


こんな結末を迎えるなんて予想さえしていなかった。

彼らの本当の夏はこれからだと思っていた。

そして、今年こそ全国No.1の座を手にするのだと――


関東大会が終わってからずっと、景吾くんは今まで以上のハードなトレーニングを続けている。

私はそんな景吾くんを見守ることしか出来ない。

勝敗が決した時も、そして今も、私は景吾くんにかける言葉を見つけられないでいる。

(だからって、私が暗い顔してちゃダメだよ。)

明るい表情を作ろうと意識的に口角を上げようとしたけれど、それは上手くいかなかった。

「なに変な顔してんだ。」

いつの間に席を離れたのか、横に立っていた景吾くんが私の頬をむにっと摘まんだ。

「あんま進んでねぇな。」

すぐに私の頬から手を離した景吾くんがパソコンの画面を覗き込む。

「ご、ごめんなさい…っ」

「いい、少し休憩だ。」

俯いた私の頭をくしゃりと撫でた景吾くんが給湯スペースへと足を向けるのを見て、慌てて腰を浮かせる。

「私がやるよ! 景吾くんはゆっくりしてて、ね。」



棚に並んでいる紅茶の缶を見てどれにしようか考えていると、後ろに気配を感じた。

考えるまでもなく、景吾くんだ。

今、生徒会室には他に誰も居ないから。

「やっぱり俺が淹れてやるよ。」

景色くんの左手が肩に置かれ、右手は顔の横を通って目の前の棚へと伸びる。

「これがいいか。」

いくつもある紅茶の缶から一つを取った景吾くんが私から離れていく。

そっと振り向くと、景吾くんはクッキングヒーターの前に立っていて、私に背中を向けている。

その背中が酷く――

「どうした?」

ほとんど衝動的に背中に抱き付いた私だけど、景吾くんは驚きもせず、ただ穏やかな声が降ってきた。

「ごめんなさい。」

「なに急に謝ってるんだよ。」

「悔しいのも辛いのも景吾くんなのに、……それなのに、私…っ」

景吾くんの身体に回している私の手を包むように上から大きな手が重ねられた。

「あの悔しさを忘れることは無いが、俺はもう前を向いている。それに…得た物もある。」

優しく腕を解かれ、景吾くんが私に向き合う。

「だから、いつまでも俯いたままでいるな。俺と一緒に歩くと言っただろ?」

「景吾くん……ごめん、なさい…っ」

私が泣いちゃいけないと思うのに、溢れた涙が頬を伝っていく。

「しょうがない奴だな。」

景吾くんは私の頭を片手で抱えて自分の胸に押し付け、もう片方の手で背中を優しく撫でてくれる。

「我慢しなくていい。泣きたいだけ泣け。」

その声がひたすらに優しくて、ますます涙が溢れてきてしまう。

私は景吾くんの腕の中で声を押し殺して泣いた。



「冷めないうちに飲みな。」

「…ありがとう、景吾くん。」

テーブルの上に置かれたのは、チョコレートのような香ばしい香りのする温かいミルクティーだった。

「景吾くんは…すごいね。」

ティーカップから上がっている白い湯気を見ながら、ぽつりと口にする。

「すごく強くて…」

その強さに、私はどれほど憧れてきたのだろうか。

「お前は分かっていないな。今、自分なんか必要無いとか考えていただろう?」

「そんなことは…」

はっきりと否定は出来なかった。

だって、景吾くんは一人でも歩いていける人だと思うから。

私はいつか置いていかれてしまうかもしれない。

「お前が知らないだけで、俺はお前に助けられている。お前が居てくれる心地良さに救われているんだ。」

膝の上で握り締めていた私の手に、景吾くんの温かい手が重ねられる。

私は何もしてあげられていないのに…、と躊躇いがちに隣の景吾くんを見上げる。

「これからも俺の傍にいろ、なまえ。」

こんな私でいいの?なんて言葉は、私を見つめる柔らかな光を湛えた蒼い瞳を見れば消えてしまった。

この人に、自分が必要とされていると分かったから。

「うん…傍にいるよ。私は、ずっと景吾くんの傍にいる。」

景吾くんの肩に手を置いて、顔を寄せる。

そして、私は初めて自分から景吾くんに口付けを送った。


――開催地枠で氷帝の全国大会出場が決定したという知らせを受け取るのは、もう少し後のこと。


(2012.09.30)
 

【ギャル】
水色は濃い紅色。アイスティー・ストレートティー向きだがミルクティーにも向いている。非常にコクのある香ばしい独特の風味をもち、チョコレートを思わせるほのかな甘みが特徴で、渋味は少ない。

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