君といると心が休まる | ナノ
跡部視点


部活後に監督とのミーティングを終えて帰ろうと玄関を出たところで、俺は生徒会室の明かりが点いている事に気が付いた。

こんな時間まで誰が残っているのかと生徒会室に向かってみれば、彼女が机に突っ伏して眠っていた。

「しかも俺の仕事じゃねぇか。」

机の上に置かれている資料とパソコンの画面を確認し、小さく舌打ちをした。

進捗から察するに、俺が顔を出せなかった数日の間、ずっと一人で残っていたのだろう。

自分の仕事も少なくはないというのに。

「勝手に無理してんじゃねぇよ。」

溜息混じりに言って彼女の髪を撫でると、冷房の風で冷たくなってしまっているのが手の平に伝わってきた。

俺はジャージの上着を取り出して彼女の肩に羽織らせ、足元に落ちていたブランケットを膝に掛け直した。



ティーカップを満たしたオレンジ色の芳醇な香りに満足して、それを二人分運んでいくと、ちょうど彼女が目を覚ましたところだった。

「景吾、くん…?」

寝起きで頭が働いていないらしく、ゆっくりと身体を起こした彼女はぼんやりと俺を見上げる。

「他の誰に見えるんだよ?」

少し笑ってみせて、彼女の前に淹れたばかりの紅茶を静かに置く。

「取り敢えず、これでも飲みな。」

「…ありがとう。」

小さく笑った彼女はティーカップを両手で包むように持って口をつける。

俺は彼女の隣の席のイスを引いて座り、自分のティーカップを傾けた。

香りに劣らず味も非常に良く、少量しか手に入らなかったのが惜しく思う。

「景吾くん、ごめんね。」

「何がだ?」

ぶかぶかな俺のジャージを握り締めている彼女を横目に見遣りながら、カップをソーサーの上に戻す。

「私の所為で帰るのが遅くなっちゃって…」

「そんな事はどうでもいい。それよりも、お前が俺の仕事までやる必要は無い。…悪かったな。」

「そんな…っ 私が勝手にやったことなんだから、景吾くんが謝ることじゃないよ。」

俯いていた顔を上げて俺の方を向いた彼女の頭にそっと手を乗せる。

「いいから、無理するんじゃねぇ。お前はお前の仕事をしていればいい。」

宥めるように彼女の頭をぽんぽんと撫でる。

「そうはいかないよ。」

珍しく素直に頷かない彼女の頭から手を離す。

「景吾くんは今、大事な時期でしょ? 私は…テニスのことはよく分からないし、何もしてあげられない。だけど、」

一旦、言葉を切った彼女が俺を見据える。

「私は景吾くんの力になりたいの。少しでも景吾くんの負担を減らしたい。景吾くんがダメって言っても、これだけは譲れないよ。」

その真剣で誠実な目を見れば、どれだけ俺の事を考えてくれているのか分かる。

「ただ隣にいるだけなんて、私は嫌だよ。景吾くんと一緒に歩いていきたいの。だから、お願い、私にも出来ることは私にやらせて。」

俺は、彼女のこういう所にも惹かれたのだろう。

普段は大人しいが、しっかりと自分の意思を持っている彼女の芯の強さに。

「分かった。但し、絶対に無理はするな。」

「うん、約束する。」

改めて言い聞かせると、彼女は生真面目に頷く。

「残っていいのは俺の部活が終わる時間までだ。そして、帰りは俺が家まで送る。……返事はどうした?」

「だって、それじゃ、景吾くんに迷惑が…」

「仕事内容の引き継ぎの他に、話し合いが必要な場合もあるだろ。」

困った顔をする彼女に、もっともらしい事を言ってやるが、これは理由の一つに過ぎない。

そもそも遅い時間に彼女を一人で帰す訳にはいかない。

そして、彼女と共に過ごす時間が欲しいというのが最大の理由だ。

「そう、だよね。…景吾くん、ごめんね、我侭を言って。」

「我侭じゃねぇだろ。お前には感謝している。」

ついさっきの勢いはどこへやら、申し訳なさそうに眉尻を下げる彼女。

そんな彼女の、寝ていた所為で少し乱れてしまっている髪を指で梳いて整えてやる。

「飲み終わったら帰るぞ。送っていくからな。」

ひんやりとしている彼女の髪から手を離す。

「…うん。ありがとう。」

控えめに微笑んだ彼女がティーカップを持ち上げる。

彼女に心配をかけているようでは未熟だなと思いつつ、俺は張り詰めた自分の心がゆっくり溶け出していくのを感じていた。


(2012.08.12)
 

【カンニャム/カンヤム】
水色はオレンジ色。ストレートティーに適する。ダージリン地方に近い場所で栽培されており、特徴が似ている。ダージリンと同様にクオリティーシーズンが3つあり、セカンドフラッシュの上級品にはマスカットフレーバーがある。爽やかな渋みと甘みを持ち合わせ、ダージリンよりもマイルドな味わい。生産量が少ない上に、殆どがヨーロッパに輸出される為、日本国内で入手するのは非常に困難である。

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