人の多さに酔ってしまったらしく、少し気持ち悪くなってしまった私は外の風に当たろうとテラスに出た。
広い庭には、大きなモミの木があって、電飾で綺麗に飾り付けられている。
なんというか、さすが跡部くんだ。
部員の慰労ということで、クリスマスの前々日で祝日の今日、パーティーが跡部くんの家で行われているのだ。
1・2年生はもちろん、引退している3年生も呼ばれていて、オーケストラの生演奏が流れるホールでは豪華な料理が振る舞われている。
しかも、衣装まで用意されていて、部員もマネージャーも綺麗に着飾っていた。
滅多にない機会だからと、私は友達にアドバイスをもらって選んだ淡いグリーンのドレスを着ている。
「みょうじ、気分でも悪うなったんか?」
「…忍足くん。ううん、大丈夫だよ。ちょっと風に当たりたくなっただけ。」
隣に並んだ忍足くんをちらりと見て、私はすぐに視線を華やかなクリスマスツリーに戻した。
大人っぽいスーツ姿はすごく決まっていて格好良くて、胸がドキドキしてしまう。
「なら、ええんやけど。…これ、ミネラルウォーターな。」
「ありがとう。」
水の入ったグラスを受け取る時、微かに指先が触れて、ドキンと鼓動が跳ねた。
「どういたしまして。……それにしても、…」
「な、なに?」
じっと眼鏡越しの瞳に見つめられて、胸の鼓動が速くなっていく。
「今日のみょうじは特別に綺麗やな。」
「っ、……ど、どうしたの、急に…そんな…っ」
とても嬉しいことを言われているのだけど、すごく照れてしまって、どう反応していいか分からない。
「こういう時は素直に受け取っとくもんやで。あと、お世辞やないからな。」
「……あ、ありがとう。」
柔らかく細められた瞳は穏やかで優しげで、頬に熱が集まる。
「あの、忍足くんも……格好良いよ、すごく。」
「ああ、ありがとうな。」
慣れているのだろう、忍足くんは私がいっぱいいっぱいで言った言葉をさらっと笑顔で受け取った。
こういう時、忍足くんとの距離を感じてしまう。
同い年の男の子と比べて大人びている忍足くんに、私なんか全然釣り合わない。
すぐ隣にいる忍足くんを遠くに感じて、私の胸はきゅっと締め付けられた。
「そろそろ中に戻らへん?」
何を話していいか分からず、星のない夜空を見上げていると、忍足くんが静かに沈黙を破った。
「私は…もう少し、ここにいるよ。」
皆と騒ぐのも楽しいけど、なんとなく今はそんな気分になれない。
「あかん。身体、冷えてきとるやろ。」
「大丈夫だよ。」
笑顔を作った私に、忍足くんは眉を寄せて小さく息をついた。
「ごめん、なさい…」
忍足くんは私を気遣ってくれたのに、わがままを言ってしまって後悔した。
俯いて落ち込んでいると、ばさっと肩に何かがかけられた。
視界の端に映ったのは、忍足くんが着てたスーツの色で、慌て隣を見上げた。
「これで少しは温かいやろ?」
上着に残っている忍足の体温を感じて、鎮まっていた鼓動がドキドキと煩く鳴り、頬も火照ってくる。
「あ、ありがとう。でも、忍足くんが…」
「俺は平気や。」
忍足くんは笑ってくれるけど、吐き出す息が少し白い。
「それより、今から一緒に抜け出さん?」
予想さえしていなかった言葉に目を瞬かせる。
「みょうじの時間を独り占めさせて欲しいんや。」
「忍足…くん?」
ぎゅっとグラスを持っていない方の手を握られる。
「大切なことは二人きりになってから話したいんや。せやから、ついて来て欲しい。」
忍足くんはすごく真剣な表情をしていて、そんなことはありえないと思うのに、期待が胸に広がってしまう。
「……うん。」
私は甘い期待に胸を焦がせながら、忍足くんの手をぎゅっと握り返した。
(2012.12.12)
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