部活が終わった後、部室に一人で残って部誌を書いていると、不意に妙な気配を感じてドアの方に目をやった。
一体何なのかと、ひとつ溜息を吐いてから立ち上がる。
「全く……何をしているんですか。」
ドアを開けると、そこには彼女が立っていた。
「Trick or Treat ! …なんてねっ」
なぜか少しぎこちなく笑った彼女を、ひとまず部室の中に入れた。
「それで、何か用でもあったんですか?」
「う、うん。クラスでね、ハロウィンのパーティーをしてたの。だから…楽しい気分をおすそわけ?」
「…………わざわざありがとうございます。」
「間が長かった上に棒読みだよ、日吉。…まぁ、そんな反応すると思ってたけどね。」
拗ねたような呆れたような顔をする彼女。
「じゃあ、何で来たんですか。」
俺がそういったイベントを楽しむような類の人間じゃないと知っている筈なのに。
「そりゃあ、可愛い後輩の様子を見に来たんじゃない。」
にこりと笑う彼女に少し見とれてそうになって、俺は口元を引き締めた。
「そういう訳で……はい、これあげるね。」
「ハロウィンでぬれせんべいですか。」
彼女が手に持っていたカボチャの形をした小さなバケツから取り出したのは俺の好物だった。
「日吉、甘いお菓子は食べないでしょ? …要らなかったかな?」
「いえ、いただきます。ありがとうございます。」
お礼を言って、彼女からぬれせんべいの袋を受け取る。
「いえいえ。ところで、日吉……お菓子は?」
「はい? 持っていませんけど。」
「じゃあ、いたずらしなきゃいけないよね。」
「別にしなくていいです。というか、お断りします。」
くだらないと思いながら、俺は溜息混じりに返した。
「だめだよ。拒否権はないからね。」
どこかの誰かを思わすような強引な台詞を言う彼女は何故かほんのり頬を染めていて、その表情に心拍数が上がった。
そして、彼女が俺の手を握ったかと思うと、背伸びをした彼女の柔らかな唇が俺のそれに掠った。
「なまえ、さん…?」
「っ、…じゃあね!」
混乱しながらも咄嗟に、背中を向けて立ち去ろうとした彼女の腕を掴んだ。
「どうして、こんな事するんです?」
「い、いたずら、だから…っ」
振り返らずに答える彼女の耳が赤い。
「あなたは悪戯でこんな事をするんですか?」
一瞬、びくりと身体を震わせてから、彼女は俺に向き直った。
真っ赤な顔で俺を見上げる彼女の唇が震えている。
「そんな訳、ないでしょ。…分からない? 私は日吉のことが……好き、だからしたんだよ。」
「順番が逆じゃないですか?」
「……それは、その…」
俯いた彼女の細い身体を抱き寄せる。
「俺もあなたが好きです。」
「! ひよ…っ」
勢いよく顔を上げた彼女の頬に手を添えて、今度はしっかりと唇を重ね合わせた。
(2011.10.23)
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