風に吹かれて揺れた風鈴が涼しげな音色を響かせた。 だけど、もう陽は沈んだというのに空気はまだ熱を孕んでいる。 じわりと汗が滲んできて、浴衣が汚れてしまわないか心配になる。 紺地に白やピンクの桔梗が描かれた浴衣は、少しでも大人っぽく見せたくて母親に借りたものだから。 「待たせたな。」 「…ううん。」 縁側で少しぼーっとしていると、お盆を持った蓮二が戻ってきた。 麦茶の入ったコップを置いて隣に腰を下ろした蓮二の姿をつい見てしまう。 蓮二は涼しげな生成り色の浴衣を着ているのだけど、どことなく漂う上品な色気に、私の鼓動は乱れてしまう。 「そんなに珍しくもないだろう? 着物なら何度かお前の前でも着ている。」 小さく苦笑され、私は蓮二から視線から外した。 「そう、なんだけど…」 「俺はお前の浴衣姿の方が良いと思うがな。」 もしかしなくても、私が心の中で思っていたことは蓮二にはお見通しだったらしい。 居た堪れなくなって、私は誤魔化すように水滴のついたコップを手に取って口に運んだ。 だけど、動揺していた所為だろう、手元が狂って麦茶を口の端から零してしまった。 慌てて口許を手で拭ったけれど、全部は拭いきれなくて、滴が首筋を伝っていく。 「何をやっている。」 すっと横から腕が伸びてきて、男の人にしては細い指が浴衣の襟を濡らしそうになった滴を拭った。 「あ、ありがとう。」 「いや。」 いつもと変わらず落ち着いている蓮二に比べ、私は鼓動の乱れを抑えられない。 変に意識してしまっている自分に恥じらいを覚え、私は目を伏せた。 「っ、……蓮二っ」 何の前触れもなく、首筋に唇が押し当てられた。 滴の伝った跡を辿るように口付けられ、身体が震えてしまう。 ぎゅっと目を瞑っていると、最後に唇が重ねられた。 両手で握り締めていたコップが取り上げられ、それは床の上に置かれる。 「蓮二……花火、は…?」 両手で蓮二を押し止めようと他愛の無いだろう抵抗をする。 だけど、嫌な訳じゃない。 ただ少し、気持ちを落ち着かせたいのだ。 このままでは心臓が持ちそうにないから。 「始まる迄、まだ時間はある。」 背中に回った手に、容易く蓮二の方へと抱き寄せられてしまう。 浴衣の薄い布越しに蓮二の体温を感じ、自分の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと心配になる。 「なまえ。」 私の熱くなっている頬を優しく撫でる蓮二の声が甘くて、狡いなと思う。 蓮二の浴衣からする上品な香りに包まれながら、私は静かに目を閉じた。 二人で並んで見上げる夜空には鮮やかな光が模様を描いている。 「よく見えるね。」 「打ち上げをしている場所が近いからな。」 「そうなんだ。…綺麗だね。」 「ああ、そうだな。」 今行われているのは町内会主催の花火大会だそうだ。 断続的に打ち上げられる花火には派手さは無いけれど、これはこれで風情があって良いと思う。 凭れかかった私の肩を蓮二が抱き寄せる。 「来年は、ちゃんとした花火大会に行こう。」 私が少し前にあった大きな花火大会に行きたがっていたのを、蓮二は知っているらしい。 だけど―― 「私は来年もここで一緒に花火を見たいな。」 こうして、二人でゆっくり出来る時間は何物にも代え難いから。 「…そうだな。」 控えめな花火を眺めながら、穏やかな気持ちになるのは、大事な人が隣にいるからだ。 「蓮二が好きだよ。」 「どうしたんだ、急に?」 「なんとなく、言いたくなったの。」 「そうか。…俺もお前が好きだ、なまえ。」 優しい手付きで頭を撫でられ、私は心地良さに目を細めた。 (2011.08.13) ← |