遠くから聞こえてくる祭囃子を背に、下駄の音を鳴らしながら夕暮れに染まった道を歩く。 せっかく浴衣を着ていつもと違うヘアアレンジもしたのに、全て無意味に終わってしまった。 (もっと早く連絡して欲しかったよ。) 待ち合わせ場所に着いたところで、友達から急に都合が悪くなったと連絡があったのだ。 (楽しみにしてたのになぁ。) 一人でお祭りに行ってもつまらないから帰ることにしたけれど、まだ未練は残っていて、私は神社のある方角を振り返った。 「みょうじ、さん…?」 不意に名前を呼ばれ、声のした方へと顔を向ける。 そこに立っていたのはラケットバッグを背負ったクラスメイトだった。 「白石くん。…部活の帰り?」 「おん。自分は祭りの帰り…やないよな?」 「うん、行かないで帰るところだよ。友達が急に来られなくなっちゃって……せっかく浴衣も着たんだけどね。」 花と蝶が舞う綺麗な黄緑色をした浴衣はとても気に入っていたのに。 残念だと苦笑いを零す私を、白石くんはじっと見ていた。 「白石くん? どうかした?」 「あっ、いや、その……よかったら、俺と一緒に行かへん?」 「…え?」 「夏祭り、行きたいんやろ?」 「そうだけど……いいの?」 思ってもいなかったお誘いに、私は目を瞬かせた。 白石くんとはたまに話すことはあるけれど、あくまでただのクラスメイトだから。 「嫌なら誘わへんて。」 「でも…」 女の子にとても人気がある白石くんは、同じクラスどころか別のクラスの子にも誘われていたのに…私が一緒に行ってもいいのだろうか。 「俺は自分と行きたいんや。…ダメか?」 「…ううん、そんなことないよ。」 「ありがとうな、みょうじさん。」 夕陽に染められて柔らかく微笑む白石くんの姿に、一瞬鼓動が跳ねた。 あの後、白石くんは荷物を置いてくると言って家に帰り、私は一足先にお祭りが行われている神社に来ていた。 陽が沈んだ空は暗くなり始めていて、提灯の明かりが薄闇にぼんやりと浮かんでいる。 私は神社の入り口に立ち、落ち着かない気持ちで白石くんを待っていた。 落ち着かないのは、お祭りに来られて浮かれている所為なのか、それとも―― 「すまん、待たせたな。」 足元に落としていた視線を上げると、制服のままの白石くんが少し息を切らして立っていた。 「ううん、そんなに待ってないから大丈夫だよ。」 「なら、ええんやけど。ところで、さっきも思うたんやけど、みょうじさん…」 「…なあに?」 言葉を切ったのを不思議に思って聞き返すと、白石くんがスッと顔を近付けてきた。 「その浴衣、似合うとる。めっちゃ綺麗や。」 内緒話をするみたいに耳元で囁かれた言葉に、一瞬にして顔が火照る。 おずおずと白石くんを見れば、目だけで微笑まれた。 「ほな、行こか。」 「……う、うん。」 無駄のない動きで握られた手を引かれ、戸惑いながらも並んで歩き出す。 どこか甘さを伴いながら鼓動が乱れて、私はそっと浴衣の胸元を押さえた。 (2011.07.13) ← |