ホワイトデー | ナノ


材料を寸分の狂いも無く計量し、レシピの手順を忠実に守る。

単純なようでいて繊細さが必要とされる作業だ。

だが、彼女の為ならその程度のことは全く苦にならない。

そもそも俺は来たる日に備え、この1ヶ月間(さすがに毎日ではないが)クッキー作りの練習をしていた。

そして今日が、その成果を発揮する日だ。

「…完璧や。」

焼き上がったばかりのクッキーを前に俺は、これを渡した時の彼女の顔を思い浮かべて思わずニヤけてしまった。

クッキーが冷めたら綺麗にラッピングして…それで本当に完璧だ。

勿論、ラッピング用の袋には彼女が好きそうな色柄のものを用意してある。

きっと、彼女は喜んでくれるだろう。

(明日が楽しみや。)


● ● ●


彼女に渡すクッキーが入った袋を片手に、俺は上機嫌で通学路を歩いていた。

校門の近くまで来たところで、道路の向こう側から彼女が歩いてきているのが見えた。

「なまえ!」

名前を呼んで片手を上げれば、俺に気付いた彼女が小走りで向かってきた。

そんな彼女がいちいち可愛くて、思わず抱き締めてしまいそうになる。

だが、そんなことをしたら彼女を困らせてしまうと分かっているから、どうにか衝動を抑え込む。

「蔵ノ介くん、おはよう。」

「おはようさん、なまえ。」

彼女に挨拶を返して一緒に校舎へと向かう。

「なんだか楽しそう?」

不思議そうにする彼女に、俺は笑顔を向けて、綺麗にラッピングしてある袋を差し出した。

「これ、バレンタインのチョコのお返しのクッキーな。」

「わぁ…ありがとう!」

想像通り…いや、それ以上の可愛い笑顔を見せる彼女に、自分の頬が緩むのが分かる。

周りに誰もいなければ、彼女を思いきり抱き締められるのに。

そんな考えはおくびにも出さず、彼女との会話を続ける。

「どういたしまして。ちなみに、俺の手作りやで。」

「うそ、蔵ノ介くんが作ったの?! すごい!」

驚いた顔で俺を見上げる彼女にニコリと笑い返す。

「大した事あらへんよ。レシピ通りに作ったら難しいことなかったで。」

格好悪いから、何回も練習して試行錯誤したという事実は言わないでおく。

「それは蔵ノ介くんが器用だからだよ。」

「別に普通やと思うけどな。…あ、ちゃんと味見しとるから安心してええよ。」

「うん、後で頂くね。楽しみだな。」

喜んでくれている彼女を見て、頑張った甲斐があったと嬉しく思う。

なんだか、自分のほうが喜ばせてもらっているような気がする。

そんな風に思いながら、俺は隣を歩く彼女の手を握った。

控えめに俺の手を握り返してきた彼女は柔らかな笑みを向けてくれる。

――この温もりを、ずっと失くしたくない。


(2012.03.14)

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