「わぁ……きれい…」
「せやろ?」
広い公園の奥まった場所にある一本の大きな桜の木。
同じ公園の敷地内にある他の桜の木々よりも一足先に咲き誇っている。
ふと視線を感じ、満開の桜から目を離して隣を見れば、侑士くんはとても優しげな瞳で私を見ていた。
私を見る、侑士くんのこの瞳が好きだ。
温かいものが胸の中に広がっていく感覚。
だけど、こんなふうに一緒に過ごせる時間は、これから確実に減っていってしまう。
せっかく二人でいるのに余計なことを考えてしまって、胸に冷たいものが走った。
「なまえ。」
侑士くんが私の手を握る。
私も侑士くんの大きな手を握り返す。
お互いに見つめ合って、それから自然に重なる唇。
触れた温もりが離れ、目を開けると風が吹いて薄紅色の花びらが舞った。
風に散らされる桜を見て、切ない気持ちが溢れそうになる。
「もうすぐで……卒業ですね。」
「ああ。」
「……寂しい、です。」
「なまえ…。」
ハッと気付き、慌てて両手で口を押さえる。
「ご、ごめんなさいっ! 言うつもり、なかったのに…っ」
困らせてしまうから絶対に言わないって決めていたのに、こぼれ落ちてしまった言葉。
「謝らんでええよ。」
侑士くんの手が私の髪に伸びて、そこに付いていたらしい桜の花びらを取った。
「俺も、今より会える時間が減るんは寂しいで。けど、なるべく時間作ってメールも電話もするから。」
「うん。…でも、無理はしないでくださいね。」
「無理はするに決まっとるやろ。好きなんやから。」
そう言って微笑む侑士くんに少し胸が苦しくなる。
辛いんじゃなくて、嬉しいのに。
「そんな顔せんといて。」
侑士くんも辛そうな顔をしていて、私は無理矢理に笑った。
「違うんです。嬉しかった、から……侑士くん?」
不意に侑士くんが私の右手を取り、胸ポケットから取り出したのは銀色の細い指輪だった。
「ホワイトデーのお返しや。」
「…ありがとうございます。」
小指にはめられた薄いグリーンの小さな石が付いた指輪にそっと左手で触れた。
「どういたしまして。それ、いつもつけててな。」
「はい、もちろんです。」
思い込みかもしれないけれど、侑士くんの瞳に寂しそうな色が見えて、私はその広い胸に抱きついた。
「大丈夫ですよ。私、侑士くんが大好きですから。」
「俺もなまえが好きやで。」
侑士くんの腕が私の背中に回る。
お互いの不安を追い払うように抱き合う私たちの周りで桜の花びらが舞い踊っていた。
(2012.03.04)
※ピンキーリングの意味は色々ありますが、この話では、右手にする場合の意味は『変わらぬ想い』だと思って読んで頂ければ…と思います。
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