昨日のうちに作って冷蔵庫で寝かせておいたガトーショコラを取り出す。
それを包丁で丁寧に切り分け、シンプルな白いプレートに盛りつけて粉砂糖をふるう。
私はケーキプレートと淹れたばかりのコーヒーが入ったカップを乗せたトレイを持ってリビングへと向かった。
「お待たせ、蓮二。」
「ああ、有難う。」
ソファーに座っている蓮二に声をかけ、二人分のケーキとコーヒーを木製のテーブルの上に置く。
「味の保障は出来ませんが。」
「そんな事は無いだろう。お前が作ったものなら美味いさ。」
「盲目的だね。データマンがそんな事でいいの?」
蓮二の隣に腰を落ち着けながら指摘すれば、フッと微笑まれた。
「実際、美味いだろうからな。毎回、俺に食べさせる前には相当に練習しているだろう?」
「それは……そう、だけど…」
いつもの事だけど、何でも見透かされてしまうのは、少しばかり居心地が悪い。
「では、頂こう。」
「……どうぞ。」
マイペースな蓮二に、私は小さく溜息をついた。
蓮二は綺麗な所作でフォークを使い、ガトーショコラを口に運ぶ。
ゆっくりと味わうように咀嚼するのを、私は緊張しながら見つめていた。
「やはり、お前が作ったものは美味いな。」
「本当? 良かった…」
蓮二の言葉に、私は詰めていた息を吐き出した。
「お前も食べるといい。」
ほっとしていたら、唐突にガトーショコラが一切れ乗ったフォークを差し出された。
状況がおかしい。
何故、自分が作ったものを勧められているのだろう。
「どうした?」
他意など全く無いという顔をしている蓮二だけど、私が恥ずかしがるのを分かっていてやっている…と思う。
「いいよ、自分で食べられるから。」
というか、私の分もちゃんと用意してあるのに。
「遠慮するな。」
ズイッと口元にフォークを持ってこられる。
「はぁ……頂き、ます…」
蓮二に引く気が無いのを悟り、私は仕方なく口を開けた。
「どうだ?」
「……美味しい、かな。」
本当は恥ずかしくて味なんて分からなかったけれど、それを誤魔化すようにコーヒーカップに口をつける。
隣で微かに笑う気配がしたけれど、私は気付かないフリをした。
蓮二に出したのとは違う、ミルクの入ったコーヒーが喉を通っていき、身体の中から暖まってホッとする。
外は風が冷たくて寒かったけれど、リビングは窓から柔らかな陽光が射し込んでいてポカポカと気持ちが良い。
そして、自分の傍らには大好きな人がいる。
「どうした?」
蓮二の肩に頭を凭れさせると、優しい手つきで髪を梳かれる。
「幸せだなぁって思っていたの。」
「…そうだな。」
頭を預けたまま目線だけで蓮二を見上げると、蓮二も私を見ていた。
髪を梳いていた手が頬へと滑る。
「なまえ…」
囁くように名を呼ばれ、私は甘い期待と共に目蓋を下ろした。
(2011.02.10)
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