日吉視点 「っ…はぁ……はぁ…っ、……はぁ…」 夕陽に照らされたコートに、自分の乱れた呼吸だけが聞こえる。 「日吉くん、ちゃんと休憩も取らないとだめだよ。」 足元に転がったボールを拾い、練習を再開しようとした俺に声をかけてきたのはみょうじだった。 なぜ、まだ残っているんだ。 部活の時間はとっくに終わっているというのに。 「身体壊しちゃったら、【下剋上】できないよ?」 そうやって控えめに笑う姿を見ると、胸が熱くなる。 俺は手に持っているボールをぐっと握り締めた。 「そんなこと、いちいちお前に言われなくても分かっている。…早く行けよ、邪魔だ。」 込み上げてくる感情を押さえ付け、冷たく言い放つ。 「っ、…そう、だよね。邪魔しちゃってごめんね。……また、明日。」 ほんの一瞬、傷付いたような表情をしたみょうじは、ドリンクとタオルを置いて走り去った。 小さくなる背中から目を背け、ベンチに置かれたドリンク手に取る。 一気に中身をあおって、大きく息を吐き出す。 そして、 浮かんでくるのは―― 「っ、……だから、何でっ!」 先程のみょうじの言葉から、嫌でも思い出してしまった。 ● ● ● 準レギュラーから正レギュラーになった時、みょうじは俺に声をかけてきた。 「おめでとう、日吉くん。」 「別に。俺の下剋上はこれからだからな。この程度で喜んではいられない。」 「誰に対しての?」 「跡部さんだ。」 「……すごいね。」 「は?」 そのみょうじの反応は、俺にとって意外なものだった。 大抵の奴は、無理だとか生意気だとか、否定しかしないのに。 「自分に自信があるんだね、すごいな。」 そんな風に言われたのは初めてだった。 「どうしてそういう解釈になるんだ。」 「だって、跡部部長に勝つつもりなんでしょ? だから、すごいなって。」 「…口先だけじゃないぞ、俺は。」 「うん、頑張ってね。」 事も無げにそう言って、みょうじは笑った。 その他大勢としか認識していなかったみょうじは、しかし、他の誰とも違っていた。 ← |