捧げ物 | ナノ


▼ 04

あー、本当に頭が痛くなってきた。
どうしよう。
胸も痛い。
いや、胸は痛いというか苦しい。
ななしの顔がちらついて離れない。
寝れない。
ああ、なんだこれ。

なんだって、ななしと少佐がキスするかもってだけでこんなに動揺して………………
そうか。
なんだ、簡単じゃないか。

少佐に嫉妬してたんだ。

僕は、ずっと……
そう、ライバルで親友の時から、
ライバルで親友で同期の時も、

ずっと、
ずっと、

ななしの事が好きだったんだ。

そうだ。
なんでこんな、簡単な事に気づかなかったんだろう。
気付けば後は全部理解できる。

『ななしと甘夏を食べる事』が重要なんじゃなくて、
『ななしと』甘夏を食べる事が重要なんだ。
なんて、馬鹿なんだろう。
もっと早く気付いていれば。
少佐みたいにキスをねだるのは僕だったかもしれないんだ。
恋人として。

アヤナミ様みたいに、二人きりで顔を近付けて何かを話したりしていたかもしれないんだ。

もう、無駄だ…。
馬鹿みたいだ、本当に。
その内、僕の意識は暗く沈んでいった。





いつの間にか寝ていたみたいだ。

「……?」

目を開ければ見慣れた自室の天井。
体の上にはよく知った布団の重さと感触。
僕、あの時ベッドにうつ伏せに倒れ込んでそのまま…。
腹の当たりに何かが乗っている事に気付く。

「…ななし?」

どうしてななしだと思ったのかは、分からない。
口から飛び出たのは彼女の名前だった。
整った寝顔をこちらに向けて、ななしは眠っていた。
その姿に、どうしようもなく愛しさが込み上げる。
感じた事のある気持ち。

これを"愛しさ"と名前をつけたのは初めてだけれど。
起こさないように起き上がって頭を撫でてみる。
さらさらと指通りのいい髪が音をたてて流れる。
髪で顔が隠れてしまったので、そっとかきあげる。

無防備に小さく口を開けて寝ている。
その小さくて潤った唇にキスするのは、僕じゃなくて少佐だ。

「…………」

ゆっくり顔を近付けて、前髪をどかして額にキスを落とす。
触れるだけの。

「…好きだよ、ななし」

僕はベッドから降りると、ななしをベッドに寝かせて布団をかける。
軍服のしわだけ軽くのばして、執務室に戻った。





この部屋の主が出て行ったベッドで、動く少女。
自分の額に手を当てて、真っ赤になっている。

「私も、ずっと好きだって。鈍感馬鹿…」

その声は少年には聞こえない。





「あ、コナツおかえりー。体調どう?大丈夫?」
「はい。少し寝たらよくなりましたよ」
「ななしちゃんはー?」
「寝ていたのでそのまま寝かせてきました」
「…寝てたの?」
「?はい」
「(おかしいなー。ついさっきコナツの様子見に出てったばっかなのに。……まぁ、そういう事だろうなぁ)」

僕は自分の机に戻って仕事を始めようとして……。
仕事が、ない…。
今日は少佐が自分で仕事をするから、ほとんど仕事はなかった。
それでも結構あるんだけど。
量は少なかったけどまだ残ってたはず…。

「ななしが必死になって終わらせていたぞ」

アヤナミ様が書類にペンを走らせながらそう仰った。

「え…?」
「だから今日のコナツの仕事はもう終わりだ」

………ななし。
僕はななしの机の上に残っている資料を抱えて自分の席に戻る。
馬鹿だな、本当に。
自分の仕事はほっといて人の分するなんて。
僕がななしの仕事をやり始めてしばらくした時。

「ごめんなさい寝てましたっ!!コナツ、起こしてくれてもよかったのに!!」
「いや、あんまりにも気持ち良さそうに寝てたからさ」
「何私の仕事やってんの!?体調悪いんだから休んでなよ!!」
「いや、もう大丈夫だからいいよ。すっきりした」
「……ん、顔色はだいぶいいけど、さ…」

すっきりした。
自分の気持ちに気づいたから。

「終わったぁー☆」

ヒュウガ少佐が嬉しそうに両手をあげて言った。
…え?
少佐が一人で自力であの山を!??
普段なら泣いて喜びたいけど、今は素直に喜べない。
だって、ななしが少佐と…!!

「待て。本当にやったのか確認する」
「アヤたん酷い!!そんな疑わなくてもー☆」
「確認する」
「お好きにどーぞVv」

終わらせている。
異様に上手な落書きもなく、終わらせている。
絶対に。
少佐はやれば出来るんだから。
ただそのやる気スイッチの入れ方がおかしいだけで。

「…………」

ななし。
僕は、ずっと好きだったんだ。
今も。

「…………」

ななしが誰かとキスするなんて、見たくない。
見たくない。

「…………出来てる」
「でしょー!?ななしちゃーっん!!Vv」
「はーい!!」

ニコッと笑うななし。
ああ…。
やっぱり僕は気付くのが遅すぎて…

「私も、コナツがずっと好きだよ」

小さく聞こえた言葉。
間違いなくななしの声。

「ななしちゃんっ!!」
「はーい!!少佐、いきますよー?」
「どうぞーっVv」

体は勝手に動いていた。



少佐に顔を近付けるななしの腕を引いて、その唇に自らのを重ねる。



とても簡単で、それ故に中々出来ない事。

「やっぱり、ななしが少佐にキスするなんて嫌だ」

呆然とするななしの目を見て、さっき寝ているななしに呟いた言葉をもう一度言う。

「…好きだよ、ななし。ずっと」

嬉しそうにななしが微笑んだのが見えて、次はななしに唇を塞がれた。
柔らかくて、暖かい。
甘くて、酸っぱい、甘夏の味がした。

「遅いよ、馬鹿」
「ごめん…」

もう一度だけななしの甘夏を味わってから、抱き締める。
そうだ。
ずっとこれがしたかったんだ。

「……お二人で盛り上がってるとこ悪いんだけどー。目の前でおいてかれてる俺をどうにかしてー?」
「「あ」」

そうだ。
勢いで三回もキスしてしまったけど、執務室だ。
アヤナミ様もいるしカツラギさんもいるしクロユリ中佐やハルセさんだっているし、
何よりすぐそばに少佐がいた。

「ごめんなさーい。はい、ご褒美のちゅー」

ななしは、その口で、
僕とキスしたその唇で、

少佐の頬に"ちゅー"した。

「…え」
「やだなー。コナツったらエッチ☆キスとちゅーは別物だよーっ」
「コナツ、私が少佐にキスすると思ってたの!?するわけないじゃん!!」
「ななしちゃん、それはそれで傷付く」

……確かに、少佐は一貫してななしに"ちゅー"をねだっていたけれど。
それってあんまりじゃ?

「勘違いして皆の前でキスしちゃうコナツも大好き」
「っ………!!!!」

ああ、恥ずかしい!!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ!!!!
なんだこれ、僕。
すごい恥ずかしい!!

「〜〜〜〜〜っ!!!!」

なんか、もう、なんだよ。
はぁ…。

「好きだよ、コナツ」
「……僕もだよ」









甘夏
(うん。ラブラブなのはイイコトだね。でも、)
(人の目の前ではやめようね?)










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