花の便り

つんつん。…………つんつん。鼻先になにか柔らかいものが触れてる。ゆっくり微睡から覚めてみると目の前にはまつ毛に縁取られ、満月のようにまんまるとした金色の目がぱっちり。「ねぼすけ!おはよう!」ペットのハチワレ猫、バニラくんだ。胸の上に乗られると重いんだけど…。「起きるまで退かないからなっ!」「はいはい、起きます、起きますから…」ピンクのストライプの上に苺柄がプリントされたボンネットとワンピースを着た、ネコミミの少年。体長は40センチ前後で、よく食べるから手足はすらりと猫らしいフォルムだけれど、お腹だけぽこりと出た幼児体型。6時くらいになるとごはん欲しさに起こしてくるかわいい家族の一員。「おはよう。今日もかわいいね。」頬をなでると気持ちよさそうに目を細めたのに次の瞬間には「ちがうってば、おれ、ごはんが欲しいんだけど」と手を払い除ける。猫ってこういうところある。ベッドから起き上がり朝ごはんの準備をしにいくと、後ろからふよふよと空中に浮かび後に着いてくる。よほどお腹が空いてたんだな…でも食事管理を徹底せねばペットの健康が危ぶまれる。飼い主としてそれは断じてならない。お気に入りのキャットフードをザラザラとポーリッシュ陶器のごはん皿に移す。黄色と紺色の花柄。子猫の時から使っている代物だ。そう、あれは数年前、学生だった頃…課題を提出してヘロヘロになりながら帰路に向かう途中の事だった。同級生のマウントや陰口に疲れていて雨が降ってきても公園の椅子から動けずに俯いていると、目の前に黒くて汚れた毛の塊が現れた。多分何かの動物。「ぬれちゃうよ」「どうでもよくなっちゃって」得体の知れない何かと会話が始まってしまった。「ふーん。じゃあさ一緒にくっついてようぜ、そうするとあったかくなって、あめの冷たいのが我慢できるんだ」左足に纏わりついてきた。靴とズボンの間の、肌の出ている足首が濡れて震えていた毛玉とくっついて徐々にあたたかくなっていく。そういえば、生き物の熱に最後に触れたのはいつだったか…引っ越しの日よりもずっと昔に古蟹さんが抱きしめて撫でてくれた、あれ以来ではないか?ちいさくて弱々しい体温に触れるとこんな感じなのか。古蟹さんは、私に触れた時、こんな気持ちだったのかな…。「ゥッ…うう、ひっ、ひっ、うう、ひっ、ああーーー!」対等ではない友人に都合よく使われる自分だとか私を嫌っている先生の授業の課題の多さとか同級生の見下しだとか、就活の恐怖とか自分の不甲斐なさとかやるせなさとか全部全部限界が来ていた。周りにこの毛玉以外居ないから出来る芸当だ。そう、私は様子が伺える。周りに合わせて抑えてしまえる方だった。だから限界まできてしまった。雨が降る中で涙を拭っても意味がないのに目を擦ってしまう。化粧が取れてももうどうでもいい。元々このアイシャドウ好きじゃない。流行に乗って使ってた、知らない人たちが注目してるだけの興味もない色のついた粉だったし。馬鹿みたい、周りに溶け込めるよう好きじゃないもの買って使って何にも楽しくない。他人は他人を見て自分の方がマシだって思う動物で、わたしはそれに利用されて疲れちゃって、なんか、左足の弱い体温で心の澱んだ氷が溶け出したようだ。次から次へと流れ出ていった。「なんかさ、元気出せよ」ぎゅう、と左足に圧がかかった。何?小さすぎてよくわからないけど抱きしめられてるの?「腹減ってるからなくんだろ、なら美味しいもの食べたらいいよ」そうして、毛玉がポッケ(?)(どういう仕組み?)から少し身のついた魚の骨を出してきた。汚れている、この子にとって「美味しいもの」はこの魚の骨で、それを私に差し出してくれたのか…?だんだん正気に戻ってきて足元の感覚も戻ってきたけど、強く抱きしめられた毛玉の奥は骨張ったようで痩せこけているのが伺える。そんな子が、わたしに… 「いつまでもメソついてないでさ、元気だせよ、な!」笑顔だ。純粋に私を元気つけようとしてくれているのが伝わる。優しさだ、優しくされて心があたたまる。魚の骨を受け取り、「ありがとう、ありがとう…お礼にさ、もっとあったかくて美味しいもの食べれるところに連れてくよ」恩返しがしたい、優しさに報いたい、そう思った。「いいのか?!それは、わくわくだなーっ」それから家に連れて帰った。命を引き取る行為は家族と一悶着あったけれど、その毛玉は家に迎えて病院にも連れてって、ぐちゃぐちゃに伸びた毛もサロンでカットしてもらって本当はこんなにも美しいネコミミのハチワレ少年だったと判明した。家にあったぬいぐるみの服を気に入ったようで、サイズもぴったりだった為ずっと苺柄のワンピースを着ている。そしていつの間にか名前もついていて愛された家族の一員となっていた。───────そんな時もあったよね、と母に話しかけると、「あれ?さっきバニラにごはんやったけど、またやっとんの?それ2回目やで」ギクッ……ごはん皿を持ってどこかへ飛んでいった。猫ってそういうところある。

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