チューペット!

部室棟の一番奥にある『映画研究同好会』。

しかし同好会とは名ばかりで、その実体は、とある青年の部屋と化しているのが現状だった。


その青年には生まれ持った体質により、死者の魂が見える。

それが大学内で、ある意味間違った解釈で噂となっており、彼の元には心霊現象に悩む生徒や時には教師までもが訪れる。


「・・・大丈夫かな? まだ溶けてないよね?」

教科書などを入れている鞄の他にお弁当袋サイズの保冷バックを持った晴香はバスから降りると小走りで『映画研究同好会』の部室に向かった。

校舎からはほどほどの距離の部室棟だが、キャンパスの入り口からは、やはり距離を感じる。


クーラーも扇風機もない部室で寝ているであろうひねくれ者のためにせっかく持ってきてやったのだ、冷たいうちに食べさせてあげたい。

まだ朝早いにも関わらずサンサンと照りつける太陽から保冷バックを守りつつ、晴香は部室へ急いだ。


「やぁ、おはよう八雲く・・・て、暑っ!!?」

「朝っぱらから大声を出すな。近所迷惑だ」

いつもの定位置に座った八雲はだるそうに、持っている団扇をパタパタさせながら視線を向けた。

「なによここ! これじゃあ、まるでサウナじゃない!」

窓が1つしかなく、立地も良くない部室は外以上に蒸していた。

「これじゃあ息苦しいし、窓くらい開けなよ」

「この時間は野球部の練習がうるさいからイヤだ」

「じゃあこのくらい」

「その半分」

「ほとんど開いてないじゃない!」

「じゃあ閉めるまでだ」

「・・・はぁ、はいはい」

晴香によって4分の1程度窓が開けられ、そこから生温い風が少しだけ入ってきた。

晴香もいつもの定位置につくと、机に突っ伏した。

「あ〜、ひんやりする」

「ここは僕の避暑地だ。」

八雲は手で晴香の頭をぐいぐいと押した。

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「キミみたいな子ども体温の持ち主が寝そべったら生ぬるくなるだろう」

「そんなことないもん」

実際は彼に落とされようとしているのだが、頭にある八雲の手がなんだか撫でてくれているように感じられて、晴香は駄々をこねるようにしばらく机を独占した。


「はぁ、キミといると体感温度が5度は上がるよ」

「そんなことな・・・あ!?」

八雲とじゃれていて、ここに来た目的をすっかり忘れていた。

晴香は急いで保冷バックの中を確認する。

「よかったぁ、まだ凍ってた」

「?」

「ふっふっふ、暑くてうだっている可哀想な八雲くんに、エンジェル晴香ちゃんがお恵みを与えよう」

「間に合ってます」

「まあまあ、そう言わずに」

「間に合ってます」

八雲はこっちを見ようともしない。

「む〜、これが目に入らぬかっ!」

「うるさい、近所迷惑だ」

「近所なんていないじゃない!」

さっきも思ったけど。

「で、なんだそれは」

「え、チューペット。しらないの?」

「・・・あー」

記憶を辿っていたらしい八雲はしばらくすると思い出したように呟いた。

「子どもの頃に、よくおじさんが買ってきてたな。子どもの頃に」

「なによそれ、私が子どもっぽいってこと?」

「別に」

八雲の相手をしていると溶けてしまうので、晴香は凍ったチューペットをくぼんだ中央から折ろうとした。

しかし、なかなか折れず、片足を軸に膝を上げて再トライしたが、それでもチューペットは折れなかった。


「貸してみろ」

キミに任せてると日が暮れる、などと皮肉たっぷりの八雲に、晴香は叩きつけるように彼にバトンタッチする。

パキッ

晴香がふてくされている間に八雲は一発でチューペットを折った。


やっぱり、男の子だなぁ・・・


普段寝てばっかりで全然鍛えているようには見えないのに、何故か体は程よく締まってて・・・


「ほれ」

ぼんやりと考えていると、八雲がチューペットの片方を差し出していた。

「あ、ありがと・・・」

一応、怒っていた手前、こっちもなにかしら言い返そうとしていたのだが、ふいをつかれたので素直にお礼を言ってしまう晴香だった。


「・・・ん? ちょっと! 八雲君、多い方取ったでしょ!?」

晴香が八雲から受け取ったチューペットは容器のしっぽの部分が丸くなっているものだった。

「・・・? 何を騒いでいるんだ、キミは? 別にどっちだって変わらないだろう」

「変わるよ! そっちの方が下が尖ってる分、多いじゃない!」

八雲のチューペットは飲む時用(?)にしっぽが長くなっている方だった。

長い分、こっちの方がなんだかお得な気がして、小さい頃はよく姉と取り合いをしたものだった。

ごく微量なことはわかっているのだが、その微量くらい、この暑い中わざわざサウナ状態の部室に涼を運んできてあげた自分に譲ってもいいではないか。


「いいからそっちと換えっこしてよ」

「いやだ」

「八雲君にとってはどっちだって変わらないんでしょ? だったら交換してくれても
・・・」

ガリッ

「あー!!」

「・・・キミも早く食べないと溶けるぞ」

問答無用で八雲は長い方を食べてしまったので、晴香も仕方なく短い方を食べる。

長い方を食べれなかったことに落ち込んでいた晴香だったが、暑い空間で食べる冷たいものは格別で、食べ終わる頃にはすっかり機嫌を直していた。


それからしばらく日常会話にふけっていた2人だったが、昼が近づくにつれて部室内の温度もさらに上昇し、我慢できない程になってきた。


「八雲く〜ん、図書館とか行かない? 暑くて死んじゃう
・・・」

「キミと同じような考えの人間でごった返してるだろう。人混みよりマシだ」

「え〜? じゃあコンビニでまたアイスでも・・・」

「・・・はぁ」

ひとつ、ため息をついた八雲は立ち上がると冷蔵庫を開き、中から何かを取り出した。


「確かに、この部屋の暑さは尋常じゃない。それに、キミにはさっきのアイスの恩もあるからな。本当は僕1人で食べようと思ってたが、仕方ないから1つキミにもやる」



そういって机に突っ伏す晴香の目の前に八雲が置いたのはみかんと桃の果肉入りゼリー。

どちらか選べ、ということらしい。


「えへへ、ありがとう」

そんな不器用な八雲の優しさが、晴香は大好きだった。


「・・・これ食べ終わったら、おじさんの家にでも行くか」

「うん! 私も行く!」

いつも勝手についてくるじゃないか、という皮肉を受け流しつつ、晴香はみかんゼリーを選ぶと、ゼリーと共に冷蔵庫の中ですっかり冷えて心地よい冷たさとなったプラスチックスプーンを手にとった。





初の八晴小説でした!
ヾ(^▽^)ノ

これ書き始めたの、ホントは8月くらいだったんですが、なんやかんやで忘れてて、気づけばもう冬間近・・・orz

後半はあんかで暖をとりながら書き上げましたww

さて、タイトルにもあるように、この話の中心はチューペットでした。

私も大好きで、小さい頃、祖母が冷凍庫に入れておいてくれたものをよく食べてました(^o^)

てか、チューペットの長い方取り合いになりませんでした?ww

兄弟姉妹がいる方はわかってくれるかな・・・?

窓の隙間論争とか、いろいろ小ネタを詰め込んでみたので、楽しく読んでくださると嬉しいです。

2011.11.19

[ 1/1 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -