ペア(前編)

「よし・・・っと、こんなもんかな・・・」

空を華やかな桃色で彩っていた桜の季節も過ぎ
、身体が柔らかな春の気候にもすっかり慣れた頃、秋山はアパートの自室で1人、掃除をしていた。


今日は直が大学が終わった後、部屋に来ることになっていた。

2人が恋人という関係になってから初めての訪問である。



想いが通じ合い、2人の交際が始まってから1ヵ月ほど経っていたが、直はレポート、秋山は仕事でなかなか会う時間が持てず、顔を合わせるのも久しかった。

眠る前に毎日交わすようになったメールで「早く秋山さんとゆっくりできる時間が来ないかなぁ><」という直の言葉を見るたび、秋山も彼女に早く会いたい気持ちが募っていった。

そして今日、レポートの提出が終わる彼女と仕事が休みである彼は約1ヵ月ぶりに会うことになったのだ。

本当は外でデートする予定だったのだが、直がレポート提出後に用事ができてしまったらしく、秋山の家で夕飯を共にすることになった。

いままでも、「そんなものばっかり食べてたら身体壊しちゃいますよ!」と言って食材の入ったスーパー袋片手に直が何度か押しかけてきたことはあったが、今回は違う。

初めての、ちゃんとした2人の約束。




掃除を終えた秋山は部屋を見渡す。

掃除といっても、数冊の本と布団とちゃぶ台しかない殺風景な部屋のため、そうは時間はかからなかった。

しかし本題は掃除ではない、レイアウトだった。

恋人になれば互いの家で過ごす時間も当然多くなる。

そのため秋山は直が少しでもこの何にもない部屋でくつろげるよう、いろいろ足りなそうなものを買ってみたのだった。

彼女を想いながら買ったもの達は彼女のように華やかなオーラを放ち、なんだか秋山の部屋では浮いた感じになっていたが、彼女が来れば自然と馴染むだろう。

買ってきたもののひとつを食器棚にしまいながら秋山は直の到着を待った。




「こんばんわ! 遅くなっちゃってすみません」

2回ほどノックをした彼女を部屋に迎え入れる。

淡いパステルカラーの短めのワンピースと短パン姿の彼女はいかにも春らしく、かわいらしい。

「今日はお肉が安かったので野菜と一緒に炒め物にしますね! 他にも何か食べたいものがあれば・・・」

そこまで言ったところで直の言葉は止まった。

視線はちゃぶ台の側に置かれた物体にロックオン。

「・・・これ、何ですか?」

「何って・・・ビーズクッション」

「な、なんでこんなものが秋山さんの部屋に・・・?」


・・・こんなものとはなんだ


それに、クッション抱えたままオロオロしてるのはなんでだ?


・・・かわいいけど///


「君の部屋にたくさんあったろ? この部屋にもあった方が君がくつろげるかなと思って」

「へ・・・へぇ〜・・・」


・・・どうやら信用していないらしい。


目を合わせようとしないし、相変わらずオロオロと部屋を見渡している

「あ・・・わ、私、夕御飯作りますね! 秋山さんはのんびりしててください!」


ビーズクッションを無造作に置くと直は台所に置いた食材の方へ急ぎ足で向かった。


・・・どうやらお気に召さなかったらしい。


直の手元から離れたクッションを抱え、秋山はひとつため息をした。




「秋山さん、できましたよ〜。ええっと、お茶碗・・・」

「あ・・・それならこっち使って」

秋山は食器棚から真新しい2つの茶碗を出した。
淡い水彩画のような模様をした色違いの茶碗。

・・・いわゆる夫婦茶碗というやつだ。

今度こそ喜んでくれるに違いない。

秋山が彼女の表情を伺うと、まるで時間が止まったかのように固まっていた。

「・・・? なお・・・?」

「え、あ、はい! なんですか?」


直は覚醒するとまた先程のようにそわそわし始めた。


「これから、その・・・一緒にご飯食べる機会も増えるだろうし、決まった茶碗があった方がいいかと思って買ってきたから・・・」


少し照れくさそうに話す秋山の言葉も、直は上の空で聞いていた。




「いただきます」

秋山はさっそく肉と野菜の炒め物に箸を伸ばす。
野菜のみずみずしさと程よい炒め加減の歯ごたえがちょうどよい。

肉の分量も程よく、ご飯と一緒に食べるのに絶妙な味加減である。


直の様子を伺うと、何にも手をつけないままじっと箸を凝視していた。


・・・気づいたか?


実は茶碗と一緒に箸も色違いのものを買い揃えておいたのだった。


しかし、「2人でお揃いなんて嬉しいです! 秋山さん大好きっ///」となる予定のはずだったのだが、結果は予定と大きく異なってしまった。


秋山は直に喜んでもらいたかったのだが、とうの彼女は嬉しがるどころか怒ったような悲しいような顔をするだけだった。

「・・・直、今日何かあったのか?」

「え・・・? な、何もないですけど・・・

「だって、食欲ないみたいだから・・・」

「そ、そんなことないですよ! ちょっと考え事してただけですから

いただきま〜す、と言った彼女は一瞬何かにためらったが、覚悟を決めたように箸を持つとご飯を食べ始めた。

明らかに無理やり気丈に振る舞っている彼女を見て、秋山の心配は募るばかりだった。



夕食後はいつものように2人一緒に片付けをして、居間で他愛もない話をした。

・・・やはりクッションは使ってくれなかったが。

1ヶ月も会っていなかったので話したいことが溜まっていたのだろう。

直は大学で起こったことやよく行くパン屋の話、ここに来る途中時々見かける黒猫のことなど、楽しそうに話した。

しかし、話し手だった彼女も次第に聞き手にまわり、しだいに瞼が下がってうつらうつらし始めた。

レポートを頑張った疲労が今ようやく出たのだろう。

彼女に一声かけると秋山は押し入れから布団を引っ張り出した。

「・・・!」

寝ぼけ眼で秋山をぼーっと見ていた直だったが、引っ張り出された布団を見た途端、元々大きな瞳がさらに大きく見開かれた。

「・・・なんですか、それ」

「何って・・・」


彼女の言いたいことはわかる。

押し入れから出てきたのは、いままで使っていた中綿がすべて潰れたようなぺちゃんこな布団ではなく、ふわふわで寝心地よさそうなセミダブルの布団だった。


・・・シングルからセミダブルにしたのは今のように眠くなってしまった直が多少寝相で動いても布団から出ないようにという配慮で決して一緒に寝ようとかその先のこととかそんなやましいことを考えて買った訳ではなくていやでもいつかそういう関係になった時のこともあるからその考えは無きにしも非ずで(ry


「私・・・帰ります」


秋山が誤解を生まずに説明するための言葉を頭の中で選んでいると、直は急に立ち上がり玄関へ向かった。

「お、おい 帰るなら送ってくからちょっと待っ」

「いいです、1人で帰れますから」

「ま・・・待てって!」
秋山が直の手を掴むと彼女は涙が零れそうなほどに潤んだ瞳でこちらを見た。

「もう、嫌なんでしょ・・・?」

「・・・? 何が?」

「・・・私と、恋人なことですよ!! 私なんていなくても平気なくせに!! 誰でもいいくせに!!」

涙をボロボロとこぼしながら、直は秋山の胸をぽかぽかと叩いた。


☆続きます☆

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