食堂から去った土井・・・に変装した林蔵は、火薬委員長に追わせる事にして。下級生たちは改めて、三年い組の会計委員・潮江 文次郎の捜索に乗り出した。
 結論から言うと、思ったよりもあっさりと彼を見つける事は出来た。何せ、喜八郎の作った蛸壺に落ちてしまった(というか己を恥じて自ら入っていた)三木ヱ門を救出しようとしているのを、その場で捕まえることに成功したのだから。流石に多勢に無勢、保健委員の善法寺 伊作がお決まりの不運で近場の蛸壺に落ちた以外には何も目立ったトラブルは無かった。

「も、申し訳ありません。潮江先輩・・・!こうも容易く奪われるなんて・・・!」
「そう落ち込むな、三木ヱ門。俺だってあっさり捕まっちまったからお相子だ。」
「――手っ取り早く言うぞ、文次郎。角印を渡せ。」
「ったく、仕方ねーな。ほれ。」
「え、そんなあっさり?」

 十中八九、抵抗されるだろうと思っていたのに。文次郎は実に呆気なく、仙蔵の伸ばした手に角印を渡して見せた。その素っ気無さに、逆に面食らってしまう。
 この場にいる誰よりも忍者を目指している目の前の同級が、これ程に呆気なく角印を渡すものだろうか。否、有り得ない。

「・・・おぃ、文次郎。この角印は本物か?」
「知らねぇ。会計委員会の角印は俺も見た事がないんだ。――ただ、会計委員長から言われてる。俺に角印をせがむ奴にはくれてやれって。」

 くれてやれ。という台詞。それから察しても、仙蔵の手の中にある角印が偽物という可能性は高い。というか偽物だろう。会計委員会の角印は、予算会議にも関わる重要な逸品。こんな扱いをして良い筈がない。

「文次郎。お前はこの角印しか持っていないのか?」
「いや、まだある。」
「まだある?」
「ほぉ・・・、ならば見せてみろ。」
「分かった。」

 ゴロゴロと、取り出される角印。一つや二つではない。どれもが「会計」印の角印だった。

「ぅわ、こんなにある・・・」
「差し詰め、偽物配布係か・・・。お前は。」
「まぁな。俺がいの一番に狙われるだろうから、って沢山持たせてくれた。」
「こっちの行動お見通しかよ・・・。」
「とゆーか、こんなに一杯の判子はどうやって手に入れたんだ?」
「あー・・・何か、沢山作ってたらしい。あの人たちが。」

 あの人たち。と文次郎が告げる言葉に、また三年生間の空気が重くなる。
 この状況で、文次郎が仙蔵たちに気を使って遠回しに呼ぶ人物と言えば・・・例の双子しか有り得ない。例の双子は、文次郎に対して自分たちを渾名呼びさせているのだが、仙蔵たちはそれが気に入らず、折衷案で文次郎は当人たちがいない場所では「あの人たち」と遠回しに呼ぶようになったのだ。

「・・・おのれ、面倒な事を・・・!」
「こんな時だけ忍者の技術使わなくてもいいだろうに・・・。」

 自分勝手極まりない彼らだが、二人揃えば素人が十人揃うよりも有能になる事でも有名な双子である。その時の集中力は凄まじく、その気になればこの程度の判子など、いくらでも偽造出来てしまうのだろう。

「潮江先輩。これ、全部偽物って事ですか・・・?」
「さぁ?俺はこれを欲しがる奴にくれてやれって言われただけだから。」

 確かめるような雷蔵の問いにも、文次郎は素っ気ない。それが、三年生たちには違和感を感じた。

「何だ、文次郎。嫌に素っ気ないではないか。角印はお前も見た事がないのだろう?本物が混ざっているという可能性はないのか?」
「だから、分からねーから反応できないんだっての。ウチの委員長、前の委員長ほど拘るタイプでもないから。見つかったらそれでもいい、って程度なんだよ!」

 「見抜けるものなら見抜いてみろ」というメッセージがあるにはあるのだが、どうにも遊び感覚が抜けていない。これまでの会計委員長のような、死ぬ気で守るといった根性は見られない。どうにも彼は、最上級生になってからというもの「忍たまでいられるのは今年が最後だから、最後くらいははっちゃける!」と委員長就任時に言った通りに、我が道を突き進んでいるらしい。

「あの人、去年までは常識人とか言われてたけど・・・。結構な愉快犯だから。」

 面白いなら何でもいい、という一面を持っている。そう言われて、皆がこの現状に納得してしまった。

「兎に角、この角印が全部偽物だとして。後は・・・やっぱり、あの双子?」
「それはないよー。」
「あ、先輩!」

 そこへ現れたのは、図書委員会の委員長。何処かほんわりとした雰囲気が隠せない先輩は、やはりほわほわとした笑みを浮かべている。

「さっき、会計室に行ってきたんだ。ダメ元で行ってみたけど、そしたら蓬川君たちがいてねー。」
「い、いたんですか?!」
「会計委員長が何処にいるかは知らないみたいだったけど、角印の偽物なら持ってたよ。」
「・・・よく、手に入れられましたね。あの二人が素直に渡すとは思えないんですが・・・。」

 図書委員長が下級生たちに見せるのは、ここにある物と同じような角印だ。
 あの双子は林蔵が不在の時は会計室を守るように言われているのだが、鉄粉筒を奪われてかなりご機嫌が斜めだった事を文次郎はぼんやりと思い出す。

「うん。凄く体張ったよ?用具委員長と生物委員長代理が。」
「「え゛」」
「会計室に言った時。あの双子どっちも凄く機嫌が悪くてね。試作の薬湯の実験に付き合ってくれたら、持ってる角印全部渡してくれるって事になって。二人共飲んで直ぐに卒倒しちゃった。」
「委員長ぉ!?」
「今は保健室で寝てるよ。保健委員長が様子みてるし、あの様子じゃ三つの委員会は脱落だねぇ・・・。」

 己の委員会の先輩が倒れたと聞いて、保健室へ一目散に駆けていく留三郎と八左ヱ門。蛸壺から這い上がった伊作も、保健室で病人(?)がいると知っては大人しくして居られない。あの双子は忍者食や薬に熱心で、その効能はお墨付きだが、異常に味がひどく、何も知らずに飲めばショック死するとまで言われている劇薬ばかりを作っている。心配にならない筈がないのだ。

 そんな三人を見送りながら、参ったなー、と間延びした口調の図書委員長。彼を相手にしていると、参っているようにも焦っているようにも見えない。彼が縁側で日向ぼっこをしていると、光合成をしているんじゃないかとまで言われる呆けっぷりだ。

「双子の持ってる角印は全部偽物っぽかったし、じゃあこっちかと思ったんだけどなぁ。その様子じゃ、こっちも全部偽物みたいだね。これは、まさかまさかのパターンかなぁ・・・」
「まさかまさかって・・・」
「仙蔵!!」

 そこへ、またまた第三者の声が降り掛かる。呼ばれたのは仙蔵で、呼びかけたのは作法委員会の委員長だった。

「先輩?」
「その図書委員長を抑えろ、直ぐに!」
「え、あ、小平太!突進!」
「よく分からんが、いけいけどんどーん!」
「うわっ」

 訳の分からないままに仙蔵は小平太に呼びかけ、それに応じる小平太。猪並みのタックルをかまされる図書委員長は、ぐらりとバランスを崩しそうになるが何とか持ち堪える。

「あー、バレちゃった。」
「って、まさか図書委員長が会計委員長?!」
「当たりー☆ って事で、こいつ返すわ。」

 図書委員長が、一旦己の手で顔を隠す。次の瞬間、そこにあったのは林蔵の顔だった。自分の所属する委員長の変装を見抜けなかったと、図書委員の中在家 長次と雷蔵は揃ってショックで固まってしまう。そこへ、林蔵は何気なく己に掴み掛っていた小平太を放った。突然の事もあり、二人は受け止めきれずにドチャっと倒れ込んでしまう。

「ら、雷蔵!中在家先輩!」
「そして、奪取ー!」
「あ、文次郎!」
「三木ヱ門!」

 林蔵は流れるような動きで文次郎と三木ヱ門を抱え、その場から走り去る。タッチの差で作法委員長が本物の図書委員長を連れてきた時には、もう姿も見えなくなっていた。

「アイツ、本当に手癖と逃げ足は一級品なんだからなー、畜生!」
「すみません、作法委員長。捕まえられなくて・・・」
「あー、いいさ。こっちは何とか交渉はした。後は、角印を押すだけだからな。」

 ピラりと、取り出して見せる作法委員会の予算案。そこには、既に交渉済みのマークがある。残りは、決め手となる角印のみ。

「角印がなけりゃ、この予算案も只の紙切れだからな。あ、それとそこの図書委員。お前らはもう帰っていいぞ。」
「え、な、何でですか?」
「ゴメンネー長次、雷蔵。してやられちゃったよー。体育委員長代理に化けた会計委員長を見つけた、までは良かったんだけどねー。」

 作法委員長と一緒にやって来た、本物の図書委員長が、二人に申し訳無さそうに図書委員会の予算案を見せる。彼も作法委員長同様に交渉済みらしいのだが、角印を押す部分には既に印章がある。が、どうにも図書委員長はハズレの中の外れを引いてしまったらしい。本来ならば仰々しい文字が並ぶ筈の印章には、思いっ切り「ハズレ」の印字。

「双子の持ってた角印が偽物でさー、それで書類に捺印しちゃった。折角交渉したのに、取り消しになっちゃった・・・。」
「ええっ?!――って、委員長!そこまで堂々と「ハズレ」と彫り込まれてるのだったら、捺印する前に確認して下さいよ!」

 同じ事を思ったらしい。雷蔵の言葉に、長次が大きく頷いた。ほんわりとした雰囲気の通りの性格を持つ図書委員長は、いつも何処か抜けている事でも有名だ。彼の整理した本棚は、気付くと索引の段がズレている、なんて事もザラにある。本物の角印を見つける事よりも、図書委員長に気を使うべきだったと、彼らは今更に己たちの行動を恥じた。

「後、体育委員もだ。本物の体育委員長代理が、機嫌の悪い例の双子に捕まっててな。顔面蒼白になって倒れてた。」
「さっき保健室に運ばれてたよ。」
「うわ・・・」

 これで、およそ半分の委員会が会計委員会に敗れてしまった事になる。というか、彼らは蓬川兄弟の出現を予想していなかったのだ。彼らは五年生になってから、委員会に出る事は希になったという。その為、今回の予算会議には出てこないだろうと高を括っていた。その結果が、この惨状である。とんだ伏兵もいたものだ。
 修業の鐘も近い。このままでは、どの委員会も予算を手に入れる事ができずに予算会議が終わってしまう。

「・・・先輩、作法委員会の予算案は・・・後は角印をするだけで良いのですよね?」
「あぁ、そうだな。」
「では、私に行かせて下さい。」
「仙蔵?」
「私に考えがあります。」

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