「イベントっぽくしてしまいましょう!」

 言い出したのは、昨年の会計委員長・小田 徳ヱ門だった。
 現会計委員長・御園 林蔵から見て先代の先代から始まった『地獄の会計委員会』。初代会計委員長、浜 仁ノ助の予算会が五年生の代理から行われた過去の予算会議の空気は「剣呑」という言葉では到底収まらず、最初の予算会議では流血沙汰にまで発展してしまったのだ。
 毎年、予算会議を行う度に流血沙汰になってしまっては、流石に教師陣からも良い顔をされない。

 そこで、二代目会計委員長の徳ヱ門が考えたのが『予算会議を「会計VS他委員会」のイベントにしてしまえばいい』だった。
 会計委員会はあらゆる手で予算を守り、他の委員会はそれを破りに掛かる。学園長の突然の思い付きで、日替わり行事が連続する忍術学園の生徒には直ぐにでも浸透するだろうし。嘗てのような流血沙汰にならなければ、教師陣からも文句は出ないだろう。
 ――そうして行われたのが、昨年の文字通り「合戦」となった予算会議である。(因みに、「予算会議で会計委員会は何をしてもいい」と学園長から許可を取れたのは、徳ヱ門が学園長の茶菓代をネチネチと責め上げたからという事を明かしておこう。)


 そして、今年。『地獄の会計委員会』三代目委員長となった林蔵は、実は今年の予算会議に悩んでいた。
 自分は初代や二代目のように、力で突破できるような忍たまではない。去年の事で、各委員会はあの手この手で予算を取りに来るだろう。予算を守る為に、果たして自分は何が出来るのか。――結論は、一つしかない。





三代目会計委員長の予算会議の段





 ろ組の田村 三木ヱ門は、今年入学したばかりの一年生だった。自分が何の気なしに会計委員会に入る事が決まった時、教師が何処か遠い目をしたのを覚えている。最初はどうしたのかと疑問にも思ったが、それは会計委員会に入って納得した。『地獄の会計委員会』。これでもかと委員会の予算を値切る為、彼らは他の委員会から良い顔をされないらしい。
 それでも、三木ヱ門は会計委員会を辞めようとは思わなかった。会計委員会には、憧れの先輩――三年い組の潮江 文次郎がいたからである。

「潮江先輩!帳簿の計算が終わりました!」
「そうか。じゃあ委員長に確認して貰うから、こっちの計算を頼めるか。」
「はい、お任せ下さい!」

 文次郎はどちらかと言えば、「怖い」「厳しい」と称されるような雰囲気を持つ先輩だった。最近では夜間に鍛錬し始めた事で出来たという両目の隈もあって、下級生からは中々友好的な評価が少ない。だが、三木ヱ門はそんな文次郎の事を盲信にも近い形で尊敬していた。

 入れ込んで憧れるようになったのは、下級生合同の実技演習(中身は只のマラソン)だった気がする。道を誤り、迷子になっていた三木ヱ門を文次郎が発見したのだ。泣きじゃくっていた三木ヱ門を彼は「迷子になった程度で泣くんじゃない!」と一喝し、学園まで一緒に走って戻ったのを覚えている。以来、三木ヱ門は何かあれば文次郎を頼るようになった。文次郎も自分に懐く後輩を無下には出来ないらしく、授業や宿題で分からない所があれば的確に教えてくれるし、実技で出来ない箇所のアドバイスもくれる。落ち込んでいる時にもそれとなく励ましてくれて、三木ヱ門にはない男らしさを持つ先輩だったのだ。
 その上、会計委員会では事ある毎に委員長が会計室からいなくなるので、主な内容は殆どを文次郎から教わった。尊敬する先輩との時間をこの上なく堪能できる委員会を、辞めるという選択肢は最初からなかったのである。

「そう言えば、潮江先輩。もう直ぐ予算会議ではありませんか。」
「あぁ、そうだな。」
「予算会議では、各委員会がこぞって会計委員会を襲撃すると聞いたんですが・・・。」
「去年は凄かったな・・・。終いにはカノン砲まで出て来たし・・・。」
「か、カノン砲、ですか・・・!」
「そーいや、三木ヱ門は火器に興味があると言ってたな。」
「はいっ」

「話し込むのはいいが、ちゃんと帳簿も進めろよ。お前ら。」
「っ」

 予想だにしなかった第三者の言葉に、三木ヱ門は肩を震わせた。振り向けば、先ほどまでそこにいなかった筈の会計委員長・御園 林蔵の姿がある。三木ヱ門の動悸が止まらぬのを知ってか知らずか、文次郎は至極自然に「お帰りなさい、委員長。」と一礼した。

「三木ヱ門が帳簿を終わらせたそうなので、確認をお願いします。」
「何だ。もう終わってたのか。悪かったな、三木ヱ門。」
「ぃ、いえ・・・」

 こうもあっさりと上級生から謝罪されるとは思っていなかったので、三木ヱ門は上手く言葉が返せない。が、彼はそれを気に止める様子もなく、渡された帳簿を一通り確認する。

「そーいや、何を話してたんだ?」
「予算会議の話ですよ。三木ヱ門が去年の噂を聞いたそうなので。」
「あー、あの「合戦」な。」
「か、合戦?!では、本当にカノン砲が出たのですか・・・!」
「出したのは、卒業した会計(うち)の先輩だけどな。予算会議を、文字通りの『戦う予算会議』にした張本人さ。」

 新たな予算会議を全生徒に知らしめる為、会計委員会の本気を見せる為、と各委員会の生徒を全員集めて行われた昨年の予算会議。その惨状は「会議」と言うよりも「合戦」と呼ぶに相応しく、満足に予算を手に入れる事が出来たのは用具委員会だけだった。
 各委員会が提出した予算案を会計委員会が厳選し、予算の最終案を取り決める予算会議。基本的に、殆どの予算案は会計委員会によって根刮ぎ削減される。よって、如何に各委員会の猛攻を掻い潜って予算を守るか、如何に会計委員会を追い詰めて予算を得るか、が予算会議のポイントである。

「では、今年も合戦を行うのですか?!」
「いやいや、去年のあれは委員長が“そういう”委員長だったからさ。カノン砲も私物だったし。俺はそんな事したって返り討ちにされるだけだって。」

 カノン砲を私物に持つ委員長とは“どういう”委員長なのだろう。疑問に思ったが、忍たま上級生は“濃い”事で有名なので、そういう生徒もいたのだろう。と三木ヱ門は自分を納得させた。
 御園 林蔵、という忍たまは目に見えて体育会系の忍たまではない。顔は美形で眉も整い、どちらかと言えば文化系を思わせる雰囲気だ(忍たまの上級生で真っ当な文化系は皆無に等しいが)。昨年の会計委員長は武力で予算を守ったが、林蔵にはそこまでして予算を守る度胸はない。

「あの双子はやっぱり委員会に来やがらねぇし、・・・あ、そうだ。文次郎、これ預かっといてくれ。」

 そう言って林蔵が文次郎に投げ渡すのは、「甲」「乙」と書かれた二本の竹筒だった。本来ならば水を入れるであろうそれは、手にすると水以上の重量感を感じる。

「これ、あの二人の鉄粉筒ですか?」
「鉄粉筒?」
「双子の五年生の私物だ。委員会に来ないなら返さないって、没収して来た。」

 会計室に集まっている生徒は林蔵、文次郎、三木ヱ門の三人。だが、ここにはもう二人、会計委員が存在する。それが、五年生にして「尊敬出来ない上級生」の異名を持つ双子・蓬川 甲太と乙太である。昨年までは普通に委員会に来ていたらしいのだが、今年に入っては委員会初日にしか三木エ門はその姿を見た事が無かった。

 どういう理屈かは分からないが、どうにも三木ヱ門が始めて会計委員会にやって来た日。意気揚々と「「鉄粉お握り食べる?」」と声を揃えて訊ねて来た双子にきっぱりと「いえ、そんなの食べれないでしょう。」と言い切ってしまった事が原因らしい。あの双子は聞きしに勝る偏食悪食で、何にでも鉄粉をふりかけて食べるのだという。その上、周囲の人間を選り好みし、自分たちの勧めた鉄粉お握りを拒絶した人間には近寄ろうともしないらしい。
 謝った方がいいのだろうか、とも思ったのだが、委員長である林蔵が「あんなのを食わせようとするアイツ等が悪いから、お前が謝る必要はない。」と言ったので、それ以来、三木ヱ門と双子の邂逅はなかった。

 林蔵と文次郎は初見にして「鉄粉かけご飯」或いは「鉄粉お握り」を完食した数少ない人物であり、双子は彼らにだけは懐いているらしい(食べた理由を二人は各々「食いたくて食った訳じゃねぇ!」「鉄粉お握りを食べる鍛錬をしているのかと・・・。まさか、日常的に食べているとは思わなくて・・・」と語っている)。

「五年生にもなって委員会をサボりやがって、上級生の自覚がねぇんだアイツ等は!」
「授業を遊び感覚で受ける人たちですからね・・・。」

 件の双子は学園でも有名な問題児で、下手をすると会計委員会よりも敵が多いらしい。放っておけば被害が拡大するという理由で、事ある毎に林蔵が「何で俺が・・・」と悪態を吐きながらも、双子の面倒を見ているのだ。因みに林蔵が忍者の任務、略して忍務でいない日には文次郎が請け負っている。この二人が学園におらず、双子が放置された日には確実に学園内が荒らされるだろう、といつか誰かが言っていた。
 それでいで、座学も実技も(二人で)学年トップなのだから、世の中分からないものである。

「アイツ等は上級生という自覚もなけりゃ、先輩の俺を立てる気すら起こそうとしねぇ!そして俺を委員長呼ばわりしねぇどころかいつまでも渾名で呼びやがる!ちょっと自分たちが上手く動けるってだけで良い気になりやがって・・・!アイツ等なんか、とっとと忍者失格の烙印でも押されて退学になれってんだ・・・!」
「・・・あの、委員長・・・?」
「何も言うな、三木ヱ門。・・・先輩はな、この前の上級生合同実習であの人たちに点数で負けた事がショックなんだ・・・・・・。」

 元々、実技向きの人じゃないからな。とフォローする文次郎の言葉に、三木ヱ門は納得してしまう。
 卒業後は、実家の店を継ぐ事が決まっているらしい林蔵は、さして実技の授業に本腰になった事がない。その辺りが、実技での実力差をひっくり返してしまっているのだ。
 うじうじとのの字を描いて項垂れる最上級生は、正直見ていられない。同時に、三木ヱ門は先輩をこんな風にする後輩にだけはなるまい、と心に固く決め込んだ。

「あ、そうだ。三木ヱ門、この鉄粉筒。お前が預かってくれないか?」
「えっ、わ、私が、ですか・・・?!」
「俺が持ってても、五年生の先輩たちなら直ぐに取って行っちまうだろうからな。一年生の三木ヱ門が持ってるとなれば、無駄に張ってる意地も解けて委員会に来てくれるかもしれないし。」
「はぁ・・・・・・」
「失くした、なんて事になったらあの二人はいよいよ発狂しかねないからな・・・。しっかり持っといてくれ。」
「は、はいっ。お任せ下さいっ」

 理由が何にせよ、三木ヱ門は文次郎が自分を頼ってくれるのが嬉しい。一年生だから出来る事は少ないかもしれないが、それでも役に立てるという実感が持てる事が自分を元気づけた。

「委員長ー。ほら、あんまりいじけてないで。そろそろ今年の予算会議の段取りを決めないと。」
「・・・おぅ、そうだな。」

 三年生と言えど、下級生に励まされる最上級生。あぁもなりたくないな、と三木エ門はその情けない姿を見て思ってしまった。

prev next
 gift main mix sub CP TOP
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -