予算会議後。六年長屋、徳ヱ門の部屋の近くは妙に騒がしかった。予算会議で荒れた中庭の片付けと、徳ヱ門の部屋から数々の武器を用具倉庫へと運び出しているからだ。卒業が間近に迫った為、あっさりと徳ヱ門は武器を学園に・・・用具委員会の管理下に置くことを認めた。

「いやー、楽しい予算会議でしたねー。」
「何が楽しい予算会議だよ、ここまで滅茶苦茶にして・・・・・・」

 その作業の休憩中。何故か留三郎は、徳ヱ門と六年長屋の縁側で茶を濁す場面に出会してしまっていた。一刻も早くいなくなりたいのだが、後でアレコレと言われるかもしれない、と考えると逃げる事も出来やしない。
 先輩後輩という序列も忘れて、留三郎は徳ヱ門にだけは悪態を吐く。一年生の頃からそうなので、いつの間にか徳ヱ門も諌める事をしなくなった。
 留三郎は、この徳ヱ門という男が胡散臭くて苦手なのだ。ふんわりとした印象の中にはギラついた刃が隠れているようで、どこか信用ならない。それを裏付けるかのように、自分に対する態度が何所か乱暴だというのも分かっていた。

「用具委員会としては良い顔をしないでしょうけどね、貴方個人としては良かったのではないですか?――何せ、去年とは違って貴方の手で予算を手に入れる事が出来たのですから。」

 そう言われて、留三郎は押し黙る。確かに去年は予算会議を覗こうとして見つかり、危うく用具委員長が会議を辞退する事になったかもしれない、と後に知らされた(実際、保健委員会はそうして会議を辞退したらしい)。去年は邪魔にしかならなかったが、今年は用具委員会に予算を貢献できた。これは、大きな違いだ。

「去年に引き続いて用具委員会は連続で新たな予算を得て、この部屋の武器を手に入れる事が出来た。万々歳じゃないですか。」

 留三郎が長屋に転がり込んだとほぼ同時に、修業の鐘が鳴り響いた。忍者は結果が全てという教えに則って、徳ヱ門は用具委員会の予算案だけは再検討をする事を決定。他の委員会は通達通りのものとなったのだ。徳ヱ門の言うように、それは喜ばしい事なのだろう。
 それにしても・・・、と留三郎は背後の徳ヱ門の部屋にある数々の武器を見た。六年長屋と用具倉庫は何度か行き来したのだが、彼の部屋には未だに多くの武器が残っている。前に間近で見た時も圧巻だったが、正直これだけの武器が一個人の長屋に揃っているとは思わなかった。そこで、ふとした出来心で訊ねてみる事にする。

「・・・なぁ、アンタはこれだけの武器・・・どうやって手に入れたんだ。」

 自費で買ったとは思えない。暗にそう尋ねると、徳ヱ門はクスリと苦笑して「貰い物です。」と答えた。同じ言葉を疑問形で返すと、徳ヱ門はコクりと頷いて話し出す。

「私が三年生の頃です。当時の用具委員長に頂きました。」
「え、これ、全部・・・?!」
「はい全部。一介の忍たま三年生の私が、これだけ大量の武器を何のアテもなく手に入れる事など出来ません。――ま、当時の用具委員長も、も自費でこれらを購入した訳じゃないんですけど。」
「え、」
「学園史上『最大の無駄遣い』。これらは全て、委員会予算から購入されたものです。」
「ちょ、ちょっと待てよ・・・!それじゃ、」
「貴方の知らない嘗ての用具委員長は、予算を我が金の如く使ったんです。私に与える為に。」

 お陰で大変だったんですから、と徳ヱ門は深い溜息を吐いた。

「用具委員長は私が何を言っても物を買い込むのを止めなくて、教師からは私が誑かしてるんじゃないかと疑われるし。一つ上の先輩には良い顔をされなくて用具倉庫に閉じ込められた事もあるのに、影の薄い所為で同じ組の生徒だって私を見つけてくれないし・・・。」

 ブツブツと呟く彼は、普段の彼より怖い。
 けれど、そうなってしまうのも無理はないと思う。一個人が使い切れるとは思えない量の手裏剣や苦無に、果ては(床下収納に改造された)カノン砲まである。留三郎が入学する二年も前に卒業した嘗ての用具委員長の行動は、学園が戦の準備をしているとも取られかねない行為だ。今こうして学園が平和なのは、一重に教師陣が影で手を回していたからに違いない。

「・・・まぁ、そんな事がありまして私は性格が弄れて、用具委員会が大嫌いになりました。」
「じゃあ、今まで俺を散々に振り回してたのは・・・」
「半分は私怨です。やられっ放しは嫌なので。」
「アンタ、俺にやられてねーだろう!」
「私じゃないですよ。文次郎の分です。」
「え?」

 ここで、文次郎の名前が出るとは思わなかった留三郎は目が丸くなる。

「私、身内に甘くてその他に厳しいんです♪」
「最低の人間だぞ、それ・・・。」
「分かってますよ。私は私も大嫌いですからね。」

 気弱そうな外見も、暗そうな表情も、影が薄いと呼ばれる事も、忍者には不適と判断された筋肉だらけの体も、後先考えずに動いてしまう感情も。何もかもが嫌いだ。正直、今だって徳ヱ門は自分の事がさして好きではない。けれど・・・。

「でも・・・、あの人の為に一生懸命になれる自分は結構、気に入ってるんです。その為に、会計委員会に入ったんですから。」
「・・・・・・・・・。」

 徳ヱ門が「あの人」と呼ぶのは、先代の会計委員長なのだろう。
 留三郎はあまり面識がなかったが、厳格そうな印象は覚えている。ぼんやりと留三郎がそんな事を考えていると、不意に徳ヱ門が話題を変えた。

「そう言えば、食満君。貴方、文次郎の事気にかけてるでしょう?」
「は、はぁ?!な、何言ってんだ!んな訳っ」
「何を赤くなって反応してるんですか。その気、有りなんですか?」
「違ぇ!!」

 ぜぇ、はぁ、と留三郎は肩で息をする。嫌に顔が熱い、外見的にも赤くなっていると言われて、更に羞恥で血液が沸き立った。

「後で分かった事なんですけどね、さっき話題に上がった嘗ての用具委員長。私に“その気”があったそうなんです。」
「へ?」
「彼は、私にそんな事を一言も言った事はありません。それでも、私の気を引きたくてこれでもかと委員会予算で武器を買い漁り、私に与え続けた。――私が捻くれる原因は彼にあったというのに。そんな彼に、憎悪しか抱いていなかったというのに。」
「――――。」
「食満君、貴方。多分、そんな彼と同じ事を文次郎にしてます。」
「なっ、そんな事っ」
「私という存在を文次郎に、与え続けた武器を悪口やら拳に言い替えたら、納得できません?」

 否定材料が思い浮かばず、留三郎は黙るしかなかった。

「貴方の感情が、嘗ての用具委員長と全く同じだとは言いません。が、気になる余りに普段らしからぬ行動を取っているのも事実です。文次郎以外には、同級生で喧嘩を売った事もないんでしょう?」
「・・・・・・・・・。」
「たまには素直になって、お友達になってみたらどうですか?多分、文次郎はまだ、貴方とお友達とは思ってませんよ?」

 精々、やたらと喧嘩を売って来る同級生、程度でしょう。と、徳ヱ門は言ってみせる。

「・・・アンタは、どうして俺にそんな事を言うんだ。俺の事、嫌いなんだろう?」
「貴方が嫌いというか、苛めっ子が嫌いです。苛められっ子でしたからね。貴方が苛めっ子でなくなれば、文次郎とはいい友達になれると思っただけです。」
「何で、そこまで文次郎の事・・・」
「理由はいくつかありますが、特筆するのは文次郎が先代の会計委員長に似ているから。そして、文次郎と貴方達を殺し合わせたくないからです。」

 予想だにしない理由に、とうとう留三郎は絶句した。

「分からないでしょうけど、一昨年の予算会議では流血沙汰になりました。危うく、死人が出るかもしれなかったという話です。――予算会議で文次郎を庇った貴方に、そんな事はさせたくありません。」

 体育委員長に投げ飛ばされて、長屋に転がり込んだ時。留三郎は文次郎を巻き添えにしてしまった。そして、部屋の奥には大量の武器が待ち構えていた。ギラリと輝く刃から身を、そして文次郎を庇おうとして、咄嗟に留三郎は身を翻したのだ。結果的に己の身と文次郎の身を守る事には成功したものの、頭を庇えていなかったが為に文次郎は近くに置いてあった十キロ算盤に頭をぶつけ、失神して今も尚、保健室で眠っている。

「流血沙汰になった原因は、我々会計委員会にありますが。当時まだ入学もしていなかった文次郎に、それを背負わせるのは酷というものでしょう。」

 あの時。文次郎は留三郎を避ける事も出来た筈だ。けれど、彼は予算を護る為か、それとも武器の山に突っ込もうとする留三郎を止めようとしたのか、決して逃げようとはしなかった。それを見た時、徳ヱ門は確信したのだ。彼らの間にあるのは、喧嘩するだけの憎悪の絆ではないという事を。

「・・・それでも、『地獄の会計委員会』を止める気はないんだな。」
「えぇ。ありません。それは、先代の想いを裏切る事になりますから。」

 それはそれ、これはこれ、です。と言って見せる徳ヱ門は、本気なのだろう。本気で『地獄の会計委員会』を継続させ、文次郎に受け継がせる気でいるのだ。

「・・・・・・アンタの言いたい事は分かった。けど、文次郎の事はアンタに言われたからって考えを変えられない。」
「でしょーね。」
「アンタが俺をどう思おうと、俺はアンタが苦手だし、どう思っても好きにはなれない。何で、文次郎がアンタに憧れてるのかも分からない。」
「それは私も同感です。」

 文次郎は、先代の会計委員長にとても憧れている。そんな彼が、どうして彼と似ても似つかない自分に憧れるのか。徳ヱ門には分からなかった。妄信、という言葉で覆い隠すには、余りにも先代と自分は離れ過ぎている。

「でも、きっと・・・アンタが危惧してる事にはならねぇよ。文次郎とはよく喧嘩するけど、俺はアイツを殺したい訳じゃない。」
「・・・。」
「文次郎が一つ上の学年から苛めに遭ってるのを知ると、いつも無性に腹が立つ。俺の時には好き勝手に言い返す癖に、アイツ等には何も言わねぇ。まるで一方的で、受け入れてる感じだった。それが信じられねェんだ。――アンタのやり方じゃねーけど、やり返す事もしねぇ。」
「――。」
「俺はアンタの陰湿な所が気に入らねぇけど、文次郎に対してはそういう「嫌い」じゃないから、殺したい程にアイツを憎むってのは・・・多分ない。」
「そうですか。それを聞いて安心しました。・・・・・・それにしても、貴方。文次郎と喧嘩してばかりなので、てっきり正反対だと思ってたんですが・・・・・・。そっくりなんですね。」
「は?俺とアイツが?」
「えぇ、貴方と彼が。――ま、分からなかったらいいですよ。私が勝手に思ってるだけなので。」

 説明した所で納得もしないだろう。留三郎と文次郎。彼らはとても良く似ていて、それでいて反発する。磁石の同じ極のようなものなのだ。理不尽に対して、真っ直ぐな怒りを持つ事が出来る者。

「貴方みたいなのが同級にいてくれたら、私もここまで捻くれずに済んだかもしれませんね。」
「・・・え・・・?」

 徳ヱ門がポツリと呟いた時、用具倉庫から戻って来た林蔵が声をかけて来た。

「委員長ー?文次郎のとこ、見舞いに行きません?飯も持っていきましょーよ。」
「あ、いいですねー。どうせなら、これもお土産として持ってっちゃいましょうか。」

 そう言って徳ヱ門が室内から取り出すのは、用具委員会に寄付すると言っていた筈の武器の一つだ。それを見てか、林蔵も蓬川兄弟も、至極自然な動作で長屋に残った武器から適当なものを手にする。・・・どう見ても、用具倉庫に持っていく雰囲気ではない。
 思わず、留三郎は林蔵に呟くように問いかけた。

「・・・ぁの、それって・・・」
「やー。予算会議終わったら、委員長が好きなの持ってっていいって言うからさ。予算会議前にはもう予約してた。」

 林蔵の背後には、「「鉄粉一杯貰ったよー!」」鉄粉入りと思われる袋を二人揃って担いで喜ぶ蓬川兄弟(体系を考えても、とても持てる物とは思えないのだが・・・)。騙されたような感覚に陥った留三郎は、他の先輩の前だというのに徳ヱ門に向って叫んでいた。

「予算会議が終わったら、武器は全部用具委員会に寄付するんじゃなかったのか?!」
「この部屋を出るまで、これらは私の私物です。私物をどう扱おうが私の勝手です。」

 あはは、と至って自然に笑う徳ヱ門。しかし、その背後には「用具委員会にみすみす渡す気はない」という魂胆が見え見えである。文次郎がそんな陰湿な行為に賛成するとは思えなかったが、そもそも、彼が徳ヱ門と用具委員会の約束事を知っているかどうかを留三郎は知らない。

「・・・やっぱ、最低の人間だわ。アンタ。」

 どう考えても、好きにはなれない。そう呟く留三郎の目に、憎悪は宿っていなかった。

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