忍者は結果が全て。という言葉がある。
 意味はその通り。その忍者が有能か否かを決めるのは、その結果に至るまでの行動ではなく、結果そのものという意味だ。それまでの過程がどれ程に優れていようと、どれ程に劣っていようとも。「優れた過程の“失敗”」<「劣った過程の“成功”」の方程式は揺るがない。

 他にも、こんな言葉がある。まさかまさかで成り立つのが、忍者の世界であると。




「んー、こんなものですかねぇ・・・。」
「小田せ・・・委員長!終わりましたかー?飯貰って来ましたよー!」

 会計委員会の六年生、小田 徳ヱ門が自前の鋤を片手に仕上がった学園の中庭に満足そうに笑みを浮かべていると、五年生の会計委員・御園 林蔵が声をかけて来た。
 徳ヱ門はその声に「終わりましたよー。今そちらに行きます。」と返事をした後に、鋤を担いで歩き始める。目的地は勿論、今年の予算会議の会場・六年長屋の徳ヱ門の部屋。

「・・・いやー、こうして見ると壮観ですねぇ。」

 己の長屋に続く縁側に腰掛けて、林蔵が用意したお茶(氷入りではない)を啜る徳ヱ門。その顔は、何処か誇らしげだった。
 長屋には、林蔵だけでなく四年生の蓬川甲太・乙太兄弟や、二年生になった潮江 文次郎がいる。本日の昼食は、午後からの予算会議も兼ねての現地でのお弁当。食堂のおばちゃん特性のおにぎりは今日も絶品である(流石に此方にまで鉄粉をかけようとする蓬川兄弟には遠慮した)。

「つか、委員長。マジでやるんですか。この予算会議・・・」

 氷入りの茶を啜る林蔵の顔は、何処か青褪めていた(これが寒さから来るのだったら自業自得なのだが、生憎と今日は清々しい快晴っぷりで逆に暑い程だ)。というのも、林蔵は徳ヱ門がやろうとしている予算会議が不安で仕方ないのだ。去年とは、また違った意味で。

「やりますよ?怖気付きましたか?」
「というか、通用するのかと・・・。」
「忍者は結果が全てですよ。それに、先代・・・浜委員長も仰っていましたからね。己の持てる限りの事をして、予算を守れって。」





二代目会計委員長の予算会議の段





 『地獄の会計委員会』。昨年 卒業した元忍たま・浜 仁ノ助が五年生の頃より立ち上げた、新生・会計委員会。
 『地獄』の名に恥じぬその有り様は、嘗ての「お飾り委員会」の名を払拭するには充分で、逆に生徒に悪印象を与えるにも充分だった。各委員会の申請する予算案が、そっくりそのまま許可された例は極めて少ない。

「でも、予算会議って各委員会の予算を会計委員会と話し合うんですよね?委員長だけで話し合うものではないのですか?」

 予算会議へと赴く道中。そう問いかけるのは、一年い組の火薬委員・久々知兵助だった。彼は今年入ったばかりで知る由もないのだろう。火薬委員会の委員長は、少しの沈黙の後に答えた。

「・・・去年の予算会議を終えて、会計委員会以外の各委員長と代理が話し合って決めたんだ。予算会議には、所属する委員を全員連れて行こう、と。」
「どうしてですか?」
「予算会議は各委員会の総力戦となる。『地獄の会計委員会』に単独で挑んでも、返り討ちにされる事は昨年で証明された。ならば徹底抗戦。こちらも本気でかからなければ予算は得られない。」
「(・・・・・・あれ?)」

 話を聞いていて、兵助はとある違和感に気付く。普段は冷静で聡明と評される事の多い火薬委員長の声に、どうにも熱が篭っているように感じられるのだ。

「あの、先輩・・・?」
「おぉ!来たか、火薬委員長!」

 不穏に思った兵助の呼びかけは、第三者の吠えるような声によって打ち消された。声のした方に火薬委員長の首が向く。そこには、想定した通りの声の主・体育委員長の姿がそこにあった。

「先に来ていたのか、体育委員長。」
「まぁな。前回は失態をして予算案について何も言えずに終わってしまった!今年こそ、委員会の花形・体育委員会が予算を獲る!!」

 鼻息を荒くして力む体育委員長。正直言うと、火薬委員長は彼のそんな所が少し苦手だったりする。
 因みに、二年ろ組の体育委員・七松 小平太は予算会議に意気込む体育委員長の鍛錬に前日まで付き合い、当日になって卒倒してオマケに風邪をひいて、現在二年長屋の自室で寝込んでいた。火薬委員長同様に、活発な小平太があまり得意とは言えない兵助は、心の何処かで安堵する。

「他の委員会も既に集まっているぞ。もう直ぐ時間だからな。」
「今年の予算会議は午後からだからな。というか、『六年長屋の中庭』が会場だなんて、アイツは何を考えてるんだ・・・?」

 因みに各委員会に通達された正式な予算会議の会場は「六年長屋の小田の部屋。各委員会は六年長屋の中庭に集合。」だった。

「予算会議の会場は学園が決めるのではないのですか?」
「会場は、学園の教師陣が何も言わない限りは会計委員長が決めるらしいからな。それも、不正防止の為らしく各委員会には直前にしか伝えられん。」
「・・・昨年は、君がその不正をやらかして会計室に入り、一言も許される事なく宙吊りにされてたからな。」

 呆れるように言う火薬委員長に、体育委員長は笑いながらに「細かい事は気にするな!」と大声を出す。全く些細な事ではないと思うのは、兵助だけではない筈だ。

「そうそう。足元に気をつけろよ。何だか掘り返されてるから。」
「え?掘り返され」
「うわっ!」

 兵助が問いかけようとした時。不意に誰かの悲鳴が聞こえた。但し、それはこの場にいる面々ではなく、六年長屋の中庭に集合しつつある各委員会たちの群れの方から聞こえて来る。
 ・・・まぁ、お約束的な展開だった。

「おいおい、大丈夫かよ・・・。伊作・・・・・・」
「痛たた・・・。滑っちゃった。」
「こういう時に落ちるのは決まって不運の保健委員なんだよなぁ。」

 塹壕に堕ちてしまった二年は組の保健委員・善法寺 伊作を心配するのは同じ組の用具委員・食満 留三郎。けれど、二年生が自力で這い出るには少々深い塹壕であった為に、五年生の用具委員長代理が伊作を救出する(同じ保健委員が助けようとすると、二次被害となるのもお約束である)。
 塹壕は中庭の中央に、ぐるりと四角(□)を描くように彫り込まれていた。絶妙な広さのそれは、丁度小田の長屋の目の前に設置されており、各委員会はやむを得ずにその四角の中に収まっている状態だ。その光景に、兵助は絶句する。

「・・・何なのですか。この塹壕・・・・・・。」
「さぁ。来た時には既に出来てたな!」
「土がまだ柔らかいから、掘り返したばかりなんだろうけど・・・。」

 だからと言って、誰が掘り返したのかという結論には至らない。
 午前中は、どの委員会も予算会議に備えてあれこれと準備をしていた。こんな意味もないような塹壕を掘る時間などないだろう。

「じゃあ、予算会議には不参加の学級委員長委員会ですか・・・?」
「それこそ、何でだろう。こんな物を作るくらいなら、高見の見物でもしてるさ。」

 火薬委員長にそう言われ、兵助は身近な学級委員長の面々を思い出す。同じ組の尾浜 勘右衛門と、一年ろ組の鉢屋 三郎。他の面々はよく分からないが、確かにあの二人が率先してこんな塹壕を作るとは考えにくい。
 ・・・という事は、残る可能性は・・・・・・。

「お待たせしました、各委員会の皆さん。これより予算会議を始めます。」

 火薬委員会が四角の中に入ったのを見計らってか、長屋の中から部屋の主にして『地獄の会計委員会』二代目委員長・小田 徳ヱ門がその姿を現した。長い前髪に隠れ、その双眼を見た事は殆どないのだが、全体的にはふんわりとした雰囲気の持ち主であり、兵助にして見ればどうして彼が『地獄の会計委員会』にいるのか、二代目“鬼の会計委員長”と呼ばれているのか、分からない。

「始めるのは構わないが、この塹壕は何なんだ、徳ヱ門。」
「いやー、掘るのに苦労しましたよ。」
「え・・・?」

 どうやら、この塹壕を掘ったのは徳ヱ門だったらしい。意外な人選だった。

「まぁ、じょろじょろと揃いも揃って頂いて。皆さん色々と言いたい事は山のようにあるでしょう。その前に、私から一言 言わせて頂きます。――爆ぜろ。」
「は?」

 しゅぼっ、と何か嫌な音。徳ヱ門が然りげ無く取り出した焙烙火矢の導火線に、火が着いていた。
 徳ヱ門は口元に笑みを浮かべたまま、何の気になしにそれを集団の中へと放り込んだ。――各委員会の面々が、一斉に青褪める。

「全員、逃げろぉ!!」

 誰がともなく叫んだ声に、誰もが従った。ある者は後輩を守りながら、ある者は只管に怯えながら。周囲に彫り込まれていた塹壕へと逃げ込んだ。
 見せつける為にワザと高く放り投げた焙烙火矢が地面で爆ぜた頃には、既にその場には誰もいなくなっていた。だが、徳ヱ門もその事は承知していたようで、火薬を調整していたのか威力は大した事がないように見える。

「あっぶなぁ・・・」
「っ、これは何のつもりだ!小田!」

 我慢がならなかったのか、火薬委員長が叫ぶ。しかし、徳ヱ門は至って自然体のままで応えた。

「焙烙火矢一つで何をゴチャゴチャ言ってるんです?それでも貴方、忍たま六年生ですか?」
「予算会議でこんな事をする必要があるのかと言っているんだ!これは予算会議の妨害行為だろう!」
「会計委員会が予算会議の妨害なんてする訳ないじゃないですか。大体、今のだって火力は大したものじゃありません。煙を吸ったら顔から出るものが全部出る程度で。――じゃ、続けますよー。」

 さらりととんでもない事を言ってくれる。道理で立ち上る煙の色が可笑しい筈だ。
 そうこうしている内に、訳の分からない徳ヱ門の猛攻は続く。室内から取り出した鋤を片手に、これまた室内から取り出した砲弾を複数、打ち出して見せたのだ。例えるなら、バットで打ち出された野球ボールの如く。

「な、砲弾?!」
「とりあえず、散れ!砲弾が降ってくるぞ!」

 砲弾、即ち鉄の塊。大砲のような勢いはないにしても、危険な事には変わりない。各委員会はまるで蜘蛛の子を散らすかの如く、散開した。

「いやー、見事な散りっぷりですね。思ってたよりも楽しいです。」
「小田ぁ!お前、俺たちを殺す気か!」
「殺す気だったら最初から殺す気でやりますよ。私はあくまで、会計委員長として予算会議に臨んでいるのです。だから、妥協案で塹壕も掘ってあげたんじゃないですか。」

 言っている意味が分からない。が、徳ヱ門は独自の考えで動いている事だけは、分かった。

「我々会計委員会は、各委員会に提示した予算案を変更する気は一切ありません。でも、貴方達はそれが気に入らないのでしょう?だったら単純な話で、物理的に交渉不可能にさせてしまえばいいんだと思いましてね。学園長先生に許可を貰いました。」

 ピラり、と徳ヱ門が見せるのは、学園長先生の署名と捺印のある明らかな公式書類。曰く「予算会議において、会計委員長及び会計委員会はありとあらゆる方法で予算を守るものとする」。
 つまり、予算を守るためなら会計委員会は何をしてもいいという事だ。

「これこそ、名付けて『戦う予算会議』!」
「いやいやいや、その発想は可笑しい!色々と!」
「何も可笑しくありませんよ。忍者は結果が全てです。各委員会にどんな思惑があろうとなかろうと、会計委員会は一切の妥協もなく捩じ伏せるだけです。一々相手にしてるのは面倒ですしね。」
「最後、思いっきり私情だろう!」
「私は、先代の会計委員長と違って出来た人間ではありませんのでね。って事で、次いきますよー!」

 徳ヱ門が次に取り出したのは、鉤縄だった。彼は縄の先端についたカギ爪を振り回すことで反動をつけ、適当に生徒たちが屯している中へと放り込んだ。そして、一人の生徒を釣り上げた。

「うわぁっ!」
「伊作ー!?」
「伊作がまるでマグロの一本釣りに!?」
「やっぱり、こういう時には保健委員がかかるのか?!」

 放り投げられた伊作を、慌てて追いかける保健委員長代理。因みに、伊作が放られた先には池がある。
 案の定、と言うべきなのだろうか。伊作を受け止める事には成功した保健委員長代理であったが、水辺の草に足を滑らせて、結局は伊作もろとも池に落ちてしまった。

「先輩ー!」
「伊作ー!」
「あ、因みに。返却した予算案の書類をダメにした委員会は予算会議の参加を認められませんので。」
「って、あぁ!保健委員会の予算案を委員長代理が持ってたー!」
「保健委員会はこれで退場ですね。お疲れ様でしたー。」

 ・・・えげつない。誰もが徳ヱ門に対してそんな感情を抱いた。
 二年生を囮にして予算案をダメにさせた事といい、本当に徳ヱ門は形振り構っていない。「出来た人間でない」と自称はしていたが、正直ギャップが有り過ぎた。

「あの会計委員長・・・!最初っから予算について話し合う気がないのか・・・!」
「まぁ、私は分かっていたぞ!アイツはそんなまどろっこしい事をしないからな!」

 ふははは、と自慢にもならないような事を自慢気に話すのは、体育委員長だった。彼は徳ヱ門と同じ組であり、数年前までは長屋も同室だったのだ。恐らくは、この場にいる誰よりも、小田 徳ヱ門という人物を知っている。

「た、体育委員長!小田先輩はこんな事を平気でする方なのですか?!」

 正直、兵助は信じられなかった。彼と直接的に関わった事は殆どないが、いつも敬語で誰にでも礼儀正しい印象だったのだ。それが、この予算会議ではいきなり焙烙火矢を投げ入れたり、砲弾を打ち出したり、二年生を池に放り投げたり。やる事が一々乱暴だ。

「私はアイツ程、矛盾を抱えた奴を知らないな!影が薄いと言われているが、アイツは上級生の中でも武道派だ!武器の手入れは丁寧だが、物事は大雑把に考える!誰にでも敬語だが、誰にでも敬意を払っている訳じゃない。アイツが敬語をするようになったのだって、十人十色に己の態度を変えるのが面倒になったというだけの事だ。」

 昨年の会計委員長・浜 仁ノ助が厳格な存在として知られていた事もあって、どうにも徳ヱ門は穏健派と見られがちだ。だが、彼の内情を知ればそれは間違いだと直ぐに分かる。仁ノ助が厳格な真冬の大海だとすれば、徳ヱ門は春の山に眠る活火山だ。暖かいと油断して中に入ろうとすれば、火傷する。

「アイツと長年一緒にいて最も学んだことは、細かい事は気にするなという事だな!」

 意外な所で、体育委員長の性格の原因が判明された。

「言っておきますが、皆さんはまだ予算会議の会場に辿り着いていないのですよ?正確な会場はお伝えしましたよね?」

 委員長や代理たちの脳裏に、少し前に知らされた会場を記した文章が過ぎる。

「ちゃんと判別可能な予算案を持って、私の部屋に入って来られた委員会には、交渉に応じましょう。――但し、」

 その瞬間。スパン、とけたたましい音を立てて開かれる長屋の戸。徳ヱ門の長屋には、予め待機していたらしい会計委員会の面々がいた。しかし、各委員会の生徒が驚いたのはそこではない。徳ヱ門の長屋、その内部は・・・まるでそれ専用の倉庫かのようにありとあらゆる武器が置かれていたのだから。

「この攻撃網を掻い潜る事が出来たら、の話ですけどね。」

 遠目でも分かる。ズラリと並べられた様々な武器。それが、徳ヱ門によって使われるのは明らかだ。

「な、な、何なのですか、あの大量の武器はー!あれは長屋じゃないんですか?!」
「いや、長屋だ!徳ヱ門の長屋は、まるで武器庫だからな!」
「まるで、じゃなくて、武器庫そのものですよ!」
「あー、やっと小田が何をしようとしてるのかが分かった。俺たちが予算会議の会場に辿り着く前に、一掃する魂胆なんだ・・・。」

 それを知った時、会計以外の上級生たちは自分たちの認識の甘さを悟る。
 小田 徳ヱ門は浜 仁ノ助が在学中の頃、五年生ながらにして六年生に付き従う信者のように言われていた。けれど、信者と言っても一から十まで指示がなければ動かない人形ではない。彼は彼の意志で仁ノ助の意思を継ぎ、予算を守ろうとしているのだ。・・・彼の性格を考えれば、他の委員会に厳しく会計に甘い考えの彼が、まともに会議などしてくれる筈もない。

 使えるものは全て使うのが忍者。そして、徳ヱ門の長屋には卒業時には学園に寄付する事が決まっている・・・多種多様の武器。・・・・・・まぁ、使うだろう。

「これは・・・、一旦引くか。考えなしに突っ込める状況じゃない・・・。」
「何せ・・・、相手は小田先輩ですから・・・。」
「あの見た目と印象とは裏腹に、やる事なす事おっそろしいからなぁ・・・。」

 意気込む各委員会。その様子は、「会議」というよりも「合戦」に赴くかのような真剣さだ。
 忍術学園の予算会議ではこんな事をするのか。兵助を初めとする一年生たちの中に、誤解とも言うべき認識が生まれつつあった。




 一方。会計サイドの徳ヱ門の長屋。

「んー、大まかな説明をしたら引きましたね。最初に取れたのが保健委員会だけとは・・・、もう二つくらいは行きたかったですね。」

 流石に、相手も忍者のたまご。後先考えずの行動は、死に繋がると知っている。暫くは各委員会で作戦会議なのだろう。
 予め用意していた各委員会の名前を連ねた名簿。文次郎はその名簿の中で「保健委員会」の項目に訂正線を書き入れた。

「・・・意外に、みんな乗り気っすね。もっと「ふざけるなー」とか言って来るかと思いましたけど。」
「上級生なら、私の頑固さは知ってます。無意味な説得で、時間を費やしたくないのでしょう。予算会議は、午後の修業の鐘が鳴るまでですからね。」

 来るべき、次の戦闘に備える会計委員会。正直、林蔵は一蹴されるだけだと思っていた。「武力で予算を守る」など、会議の意味がないのではないかと。
 「予算は死ぬ気で守れ」が先代会計委員長の教え。それを、徳ヱ門は忠実に守っている。・・・解釈の仕方が、多少は歪んでいるのは仕方ない。何せ、解釈したのは先代については人が変わる事で有名な狂信者なのだから。

「(つか、小田先輩のやり方って全然参考にならねー。来年の予算会議、どーしよっかな・・・。)」
「今後来るであろう攻撃は私が防ぎますので、林蔵はタイミングが合えば各委員会の予算案を狙って下さい。甲太、乙太、文次郎は各委員会の現状を把握する記帳係りです。」
「・・・すっごい今更ですけど、大事な予算案の書類をこんな事でダメにしていいんですかね?」
「控えは会計室にもありますし。各委員会が無くした分は各委員会が不監督だった、というだけの話ですよ。」

 此方で取り持つ気は一切ない、と言って見せる徳ヱ門に、林蔵は何処か肝が冷える気がしてならなかった。




 程なくして、冷戦状態だった予算会議に再び火が灯る。
 各委員会が早急に用意した各々の得意武器やら、委員会の備品やらをその手に挑むのだが、会計委員会はその全てを返り討ちにしてしまった。
 なけなしの情けが徳ヱ門の掘った塹壕らしいのだが、そこには蓬川兄弟特性の空気より重い比重の怪しげな薬が流し込まれて、とても使えるものではない。

「・・・っ、万力鎖っ?!」
「うわっ、撒菱!って、砲弾また来た!」
「ちょ、待っ、薙刀なんて有りですか!?」
「弓って、矢ぁ?!本当になんであるんですかー!?」

 いくらかの委員会が会計委員会を責めるものの、武器の範囲が広すぎて攻め切る事が出来ないのだ。会計委員会側も各委員会の予算案を狙って来るので、油断が出来ない。
 数では圧倒的だというのに、一進一退の攻防が続いているのだ。

 猪突猛進で知られる体育委員長は、誰よりも徳ヱ門の性格を知っているので、敢えて自ら前に出るような事はしていなかった。

「この状況で徳ヱ門の部屋に行かなくてはならんとは・・・、持ち合わせの武器では返り討ちが目に見えるな。」
「・・・・・・体育委員長。ちょっと特攻してくれないか?」
「お?」

 そう体育委員長に話しかけて来るのは、生物委員会の委員長だった。傍には、今年生物委員会に入った竹谷 八左ヱ門の姿もある。

「準備が出来次第。生物委員会が小田に仕掛ける。その時にタイミングを合わせてくれ。」
「準備、なぁ。策があるのはいいが、どうして生物委員会が行かない?」
「体力と瞬発力はお前がすば抜けてるだろう。それに、あれだけの武器とは言えど・・・使うのは小田と・・・五年の御園くらいの筈だ。一旦崩せば、楽に行けるかもしれん。」
「・・・まぁ、私としてもやられっ放しは性に合わんからな!」




 同時刻。六年長屋が合戦場かのような騒々しさの中、作法委員会は六年長屋の屋根裏に入り込んでいた。

「ふふ・・・。甘いな会計委員会。正面突破だけが道ではないのだぞ。」
「・・・仙蔵、それは悪役の台詞っぽいから控えとけ。」

 先代の作法委員長が無気力だった事もあってか、二年い組の立花 仙蔵はやたらと我侭になってしまったような気がしてならない、と作法委員長代理は溜息を吐く。
 会計委員会の上級生の殆どは、正面突破しようとしている委員会たちの相手で手一杯。その隙に、屋根裏から徳ヱ門の長屋に侵入しようというのだ。

「さて、問題の会計委員長の部屋は・・・」
「あー、残念。見つけちまった。」
「!」

 第三者の声。振り向くと、そこには会計委員会の五年生・林蔵の姿があった。

「まー、こんな事もして来るとは思ってたけどな。嬉しいような、悲しいような。」
「・・・何言ってんだ?お前。」
「一言アドバイスしとくと、屋根裏からは入れないぞ。あの人、屋根裏も武器収納に使ってるから。不用意に触れて音を立てりゃ、一発でばれる。鼠と人間じゃ音が違うからな。――そんでもって、作法委員長代理。この縄は何でしょう?」

 この縄、とは。先ほどから林蔵が握っている縄の事だ。仙蔵には何の事か分からなかったが、察した着いたらしい作法委員長代理がさぁっと青褪めた。

「おい、・・・まさか、そりゃあ・・・」
「分かってるとは思うけど。お前から聞き出した、作法委員会の罠。アレンジしといたわ。」
「な゛・・・」
「って事で、予算案は没収。」
「って、ああ!いつの間に!」
「相変わらず、手癖悪いなお前!」

 林蔵の人差し指と中指に挟まるのは、作法委員会の予算案。作法委員長代理は、保険の為にと敢えて仙蔵に持たせていたのだが・・・それが裏目に出た。

「もうお前らにゃ関係ねーけど、床下からの侵入もオススメしねーから。――はい、サヨナラ。」

 ぐぃ、と林蔵が舌を出しながらに笑い、縄を引く。途端に罠が発動し、作法委員会の面々は長屋の外へと放り出されてしまった。
 作法委員会は、これにて予算会議脱落。その様子を見て溜息を付きながら、不意に林蔵は仙蔵から盗み取った予算案を見る。元々、この予算案は林蔵が組んだものだ。

「(やろうと思えば、この予算でもやれんだろーが。)・・・文次郎、作法委員会脱落だ。」
「はい。」
「こっちもですね。図書、火薬は脱落です。」

 林蔵が長屋に戻ると、袋鑓の柄から図書カードを引き抜く徳ヱ門の姿があった。
 六年生が委員長を務める委員会は会計・体育・生物・火薬。他の委員会は五年生の委員長代理が纏めている。が、これまでの戦いで六年生が出て来たのは火薬委員会だけだった。

「ぅわ、柄に図書カード刺さってる・・・」
「いい紙使ってますよねぇ。図書カードが血だらけになったら、どうするつもりだったのやら。」
「・・・さて、残りは・・・体育と生物、用具っすね。」

 用具委員会とは何度か相手をしたが、決定打を与えるまでには至れていない。こんな時には勇んで出て来る筈の体育が出ていないのが、若干不気味だった。

「どうします?こっちから仕掛けましょうか?」
「そうですねぇ・・・。でも、あんまり長屋を開けるのもアレですし・・・。――甲太、乙太。“床下”の準備しといてくれます?」
「「はーい。」」
「・・・え、アレ使うんですか。先輩・・・。」
「準備だけですよ。必要だと思ったら、使っちゃっていいですから。」

 その時だ。ピューィ、と空気を劈くかのような口笛。振り向けば、生物委員長が口笛を鳴らしていた。
 その音に応じてか、高い空から滑空して長屋へと迫る・・・一匹の鷹。今年の生物委員会の委員長は、鷹使いとして有名だった。生物委員長の背後で、竹谷が「おぉ!」とその目を輝かせている。

「うぁ、生物委員長の鷹!」
「あいつだけではないぞー!」

 振り向けば、六年長屋の縁側から走ってくる体育委員長。正面と横からの、ダブルアタックだった。(これまでの委員会がバカ正直に行き過ぎたと言えなくもないが)

「タイミングを測ってましたか・・・!林蔵、生物委員会をお願いします!」

 武器を持ち替えている暇はない。徳ヱ門は手にしていた袋鑓で体育委員長を迎え撃つ。
 六年生でも武道派、怪力の持ち主という事を自負する徳ヱ門だったが、それでも疲弊している今は体育委員長の動きは驚異的だった。
 生物委員長を叩くべく、林蔵も前に出る。生物委員長は林蔵との距離を一定に保ったまま、鷹によって撹乱する作戦のようだ。

「(流石に生物委員長の鷹、攻め切れねぇっ!)っとぉ、」
「八左ヱ門!走れ!」
「はいっ!」

 林蔵がバランスを崩した瞬間を見計らって、予算案を持った八左ヱ門が駆け出す。妨害しようとする林蔵に、今度は鷹ではなく生物委員長当人が攻め込んだ。上級生を委員長が足止めして、下級生に走らせる。この場では有効な作戦だ。八左ヱ門は座学よりも運動に強い生徒だったので、走る事にも強い。

「やば、抜かれたっ」
「っ、そ・お・は・・・」
「お?」
「さ・せ・ま・す・かぁ!!」

 体育委員長と拮抗していた徳ヱ門の腕に力が篭り、無造作に掴んだ体育委員長を八左ヱ門の方へを背負い投げた。六年生が六年生を投げ倒す。レアな光景に、誰もが目を丸くした。

「わ、体育委員長ぉ?!」
「八左ヱ門!気にかけるな、走れ!」

 最上級生でもある体育委員長ならば、受身くらい取る筈だ。
 そう判断した生物委員長だったが、火薬委員会の方が一枚上手だった。

「「床下収納式カノン砲!通称『ゆーちゃん』、発射!」」
「へ?――わぁっ!」

 ドォン、と室内から有り得ない筈の射撃音。見れば、長屋の中央にはカノン砲がいつの間にか鎮座しており、それを蓬川兄弟が発射させていた。球は綺麗な放物線を描いて、体育委員長と八左ヱ門を巻き込んで破裂した。

「八左ヱ門、大丈夫か!?」
「あ、因みに球は砲弾じゃないですよ?最初の焙烙火矢と同じく、顔から色んな物が出る程度の刺激物使用です。」
「げ、げほっ!先輩っ、目が痛いですっ・・・!」
「・・・こ、これは・・・唐辛子の粉かっ・・・!」
「何でカノン砲が一個人の長屋にあるんだよ!てか、どっから出したー!?」
「だから、床下収納です。いやぁ、卒業するまで使わないだろうと思ってたんですが。使っちゃいまたねー。」

 さも当然、と言わんばかりに告げる徳ヱ門。彼の長屋に存在する武器は無尽蔵なのだろうか、と呆れたくなってしまう。
 これで生物委員会と体育委員会も脱落。残るは用具委員会、と気を引き締めた時だった。

「会計委員長、覚悟ー!」
「っ?!」

 五年生の用具委員長代理が、徳ヱ門に攻め込んできた。咄嗟に受け止める徳ヱ門だが、体育委員長を投げ飛ばした事もあって、然程腕に力が入らない。

「来ましたか、用具委員会・・・!」
「・・・貴方が、用具委員会を嫌う理由は知りませんし、知りたくもありません・・・。ですが、いつまでも僻まれるのは、止めて頂きたい!」
「それ、今するべき話題ですか・・・?」
「当然ですよ。貴方の注意を逸らす為、ですからっ!」

 ぐい、と力を込める用具委員長代理。徳ヱ門がのけぞったその隙に、彼の足元をスラリと抜ける小さな影。二年の用具委員・留三郎だった。作戦としては先ほどの生物委員会と代わり映えしないが、あの時よりも、長屋との距離が近い。五年生の林蔵の方が、距離が離れていた。

「あと少しっ」
「「こっち来るなー!」」

 留三郎の前に立ちはだかるのは蓬川兄弟。四年生にしては小柄な彼らを、何とか躱そうとする留三郎だったが、四本の腕を潜りきる事は出来ずに中庭の方へと投げ飛ばされる。
 が、その近くには未だに目のはっきりしていない体育委員長の姿があった。

「お、何か転がって来たか?」
「ぅわ、ちょ、先輩?!」
「何だ、下級生か?・・・もう時間も少ないからな!会計委員会に一矢報えるならば何でもいい!細かい事は気にするな!」
「先輩!多分、それ全然細かくなぁああああああ!!!」
「体育委員長ぉおおお!!」

 体育委員長は己の目がはっきりと開いていないままに留三郎の腕を掴み、己の感覚だけを便りに長屋の方へと留三郎を、投げた。それこそ、物を投げるかのような感覚で。

「「本当にこっち来たー!?」」
「って、わぁああっ!?」
「文次郎!?」
「留三郎?!」

 どんがらがっしゃーん!
 長屋に転がり込む留三郎の体、それに文次郎が巻き込まれたのとほぼ同時に、修業の時間を知らせる鐘が鳴り響いた。

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