今日は授業もない休日だった。普段ならば、このような日は一年生の仲良し六人組は外でバレーをするのが慣例となっている。・・・ところが、今日という日は一年い組の潮江 文次郎のノリが悪かった。

「悪い!これから委員会なんだ。」
「委員会?こんな真昼間から?」
「会議だよ、予算会議。会計委員として出ておけって先輩が言うからさ。」

 行かなかったら、また池に放られる。と、文次郎は苦笑して言ってみせた。・・・毎度思うのだが、一年生を池に放るのは最上級生としてどうなのだろう。
 けれど、文次郎はそんな彼らの疑問など露ほども気取らずに、朝食を終えて直ぐにいなくなってしまった。残された五人だけでバレーをする事も出来たのだが、既に五人の興味はバレーから薄れていた。
 予算会議。・・・そう言えば、各々の委員会の委員長がそんな事があるとかないとか、言っていたような、いないような・・・・・・。

「覗いてみるか?委員長からは何も言われていないが、いずれは私たちも参加する事になるかもしれん。」
「予算会議、ねぇ・・・。確か、ウチの委員長。戻って来た予算案にかなりキレてたな・・・。」
「・・・荒れる事は必至か・・・・・・」
「上級生が本気でやり合う等、見る機会が滅多にないぞ!今すぐイケイケどんどんだー!」

 将来性を語りはするものの、実は見てみたいだけの一年い組の作法委員・立花 仙蔵。
 数日前の委員会活動中、会計委員会から返却された予算案にこれでもかと文句をぶつけていた委員長を目撃している、一年は組の用具委員・食満 留三郎。
 同じく、委員会活動中に返却された予算案に苦笑する委員長を見ていた一年ろ組の図書委員・中在家 長次。
 細かい事は知らないが、会計委員会と他の委員会が不仲である事は知っているので、もしかしたら上級生同士の戦闘が見られるのではないかと心を躍らせる一年ろ組の体育委員・七松 小平太。

 好奇心旺盛な一年生たちの腹は、既に決まっているようなものだった。
 だが、乗り気な彼らに水を差すような言葉を、一年は組の保健委員・善法寺 伊作が告げる。

「ところで予算会議って何処でやるのか。皆、知ってるの?」
『あ・・・。』





初代会計委員長の予算会議の段





 予算会議は会計室では行わない。そう決めたのも、『地獄の会計委員会』創設者・浜 仁ノ助だった。
 不正を未然に防ぐ為、というのが彼の弁である。誰がそんな事をするのか、と笑った生徒もいたのだが・・・いざ予算会議が始まるという時に、六年い組の教室に宙吊りにされた体育委員会委員長代理の姿を目の当たりにされた時には、流石に絶句した。徹底的に痛めつけられたのか、彼は目を回して微動だにしていない。
 一年生たちが辿り着いた時、最初に見たのがその体育委員長代理だったものだから、危うく魂が抜けそうになった。

「・・・おぃ、あそこに吊るされてるのって小平太のとこの委員長代理じゃないのか?」
「本当だ。何であんな所に?」
「きっとアレだ、会計室に忍び込んで掴まった。」
「うわぁ、」

 会議室と化した教室には、既に各委員長らと会計委員会が揃っていた。会計委員長の手元には、各委員会の予算を纏めた帳簿に、計算用の十キロ算盤。委員長ら席に設置された机には、各々の返却された予算案。会計委員会以外の委員会からは委員長か代理の姿しかなく、会計委員たちは仁ノ助の背後で控えているという形だった。
 程なくして、仁ノ助が滅多に開く事のない口を開いて告げる。

「これより、予算会議を始める。事前に返却した予算案についての質疑に入る前に・・・、――徳ヱ門。」
「はい。」

 名を呼ばれた五年の会計委員・小田 徳ヱ門が、その場所から天井裏へと姿を消す。――かと思えば、今度は教室の入口から姿を見せた。瞬く間に捕まってしまった、一年生五人組を抱えて。
 その光景に、文次郎は“ぎょっ”と目を丸くしてしまう。一年生の文次郎には分からなくても無理はないが、上級生にば気配がバレバレだったらしい。

「お、お前ら・・・」
「よ!文次郎!」

 危機感がないのか、小平太が笑ったままに声をかけて来る。この態度と行動を考えると、直ぐに分かった。彼らは「鬼」と称される会計委員長をよく知らないのだ。
 宙吊りにされている体育委員会委員長は、その実力と細かい事を気にしない性格から、会計室に忍び込もうとしたのだが、一年生たちのこの行動は・・・・・・自殺行為にしか成り得ない、と、分かっていない。

「林蔵。そこの体育委員長代理を引き摺っていいので運んで下さい。」
「へーい。」
「本当なら、会計室に忍び込もようとした不届きものなど、教室の窓から投げ捨てたいのですが・・・。流石に可哀想ですからね、一年生たち諸共、十キロ算盤でも結わえて池に沈める程度で済ませましょう。」
「「えぇっ?!」」

 一年生の何人かが声を荒げた。それはそうだ。予算会議を覗き見しようとしただけで、池に沈められるなんて想定外だし、過酷過ぎる。ジタバタと脱出を試みようとしても、徳ヱ門の腕力からは逃れられない。

「ほぉら、暴れない。お手玉にしますよー? ・・・でも、流石に五人をお手玉にした事はないんで“つい、うっかり”落としてしまうかもしれませんので大人しくして下さいね。」

 お手玉。という言葉に冷めた顔色で固まったのは、一年は組の食満 留三郎だった。彼は過去に何度も徳ヱ門に“お手玉”にされ、今となっては完全なトラウマになってしまっている。
 徳ヱ門に抱えられて会議室から離れていく一年生や、四年の会計委員・御園 林蔵に引き摺られる体育委員長代理は、さながら売られて行く哀れな家畜の如く。その様子に、いてもたってもいられなくなったのは、用具委員会の委員長だ。

「おい、小田!いくらなんでも、そりゃあ虐待だろうが!」
「後輩の不監督を私の所為にしないで頂けますか?予算会議に対する不正は誰であれ何が理由であれ、会計委員会は一切妥協しません。会計室への侵入も、予算会議の覗き見も、全て不正と判断します。」
「でもっ、池に沈めるなんで乱暴な事っ・・・!」

 咄嗟に立ち上がったのは保健委員長。だが、その足が会議室から出ようとした瞬間に、仁ノ助が告げる。

「では、保健委員会は予算会議を辞退するという事で良いのだな。」
「ぇ・・・」

 ピタリ、と保健委員長の足が止まった。その言葉に反応したのは彼だけではない。事の成り行きを大人しく見ていた、他の委員長たちも同じだった。

「会議の途中で席を立つというのは、そういう事だ。会議を辞退した者からの予算申請は、今後一切受けない。それでも良いと言うのであれば、出て行くがいい。」
「―――・・・いいよ。僕は委員会の予算よりも、大切な後輩たちの方が心配だ。」

 少しの沈黙の後。覚悟を決めた保健委員長は、教室を後にした。本格的な会議はまだ始まっていないというのに、既に体育委員会と保健委員会が陥落した事になる。

「相変わらず、血も涙もねぇ奴だな、テメェは・・・!そんなに学園の予算が大事かよ!」
「当然だ。節約しているとは言え、学園の総資産は未だに苦しい所にある。削れる所は削る。」
「その結果が突っ返されたこの予算案かよ!どうにもテメェは頭の螺子がぶっ飛んでるみてぇだな!」

 ダン、と用具委員長は会議用に設置された机を、予算案ごと叩きつけた。気迫有り余る行動に、ビクリと文次郎の肩が震える。
 気迫だけではない。彼からは、怒りや殺気といった感情が止めど無く溢れ返っているようだった。

「用具委員会の予算が全て却下なんざ、正気でする事とは思えねぇな!学園の道具に不備があったらどうすんだよ!」
「不備がないようにするのが用具委員会の役目だろう。どうにもお前は、責任転嫁しかする能が無いようだ。」
「んだと?!」
「その辺にしておきなよ。用具委員長。会議が進まない。」

 諫める声の主は図書委員長だった。予算案に言いたい事があるのは、用具委員会だけではない。暗にそう言われては、流石の用具委員長も引くしかなかった。彼はチッ、と舌打ちしたのちに腕組をして目を閉じる。ここは引く、というアピールなのだろう。

「会議を続ける前に・・・会計委員長。聞いておきたい事がある。」
「何だ。」
「この予算案。本当に妥当なものだと思うのか?」

 図書委員長は、真っ直ぐな視線で問いかけた。嘗て図書委員会では、蓬川兄弟がダメにした持ち出し禁止の本を大量に購入し直した過去がある。ところが、最近になって蓬川兄弟がその本全てを写本できた事が判明し、その事で大幅に予算が削られる結果となってしまった。
 けれど、今回提示された予算案については、その失態を差し引いても納得できるものではない。

「君の頑張りは、僕たちも認めているつもりだよ。確かに一昨年までの予算の使われ方は酷いものだった。先輩たちは、先輩の面子があって素直に認められなかったかもしれないけど。僕らは違うよ。――考え得る限りの節約をして、予算を必要最低限のものにしたつもりだ。けれど、会計委員会の提示する予算はそれすらも下回っている。これでは、委員会活動そのものが出来なくなってしまう。そのくらいの事、君も分かっているんだろう?」

 他の委員会とて、予算の使い方を全く反省しなかった訳ではない。けれど、己の非を認めた上で言わせて貰えば、会計委員会のやり方は横暴なのだと、図書委員長は告げた。
 去年までは、何とか過去の贅沢で得た資材で何とか賄う事が出来たが。今年も予算が大幅に少ないとなれば、委員会活動に支障が出てしまう。会計委員長もそんな事は分かり切っているだろうに、仁ノ助は一向に此方の提示する予算をすんなりと認めた事がない。

「・・・何か、勘違いをしているようだな。」
「仁ノ助・・・?」

 彼の纏う空気が微かに変わった事を悟って、生物委員長の櫻坂 誠八郎がその名を呼んだ。だが、彼は気に求めずに己の言葉を続けた。

「予算が与えられて当然と考えているのならば、今すぐにこの部屋を退出しろ。」
「おい、浜!」
「修正が前提の予算案など組むものか。この予算案は俺の、会計委員会の総意だ。変わる事は有り得ない。」
「いい加減にして下さい。会計委員長。」

 この場にいる唯一の五年生、火薬委員長代理が口を開く。表情としては冷静なものだったが、その目や口調には何処か怒りが篭っている。

「修正が前提ではない?私はそうは思いません。事実、これだけの額でどれだけの活動が出来るというのですか?図書委員長も仰っていたように、これでは委員会活動そのものに影響する。今の会計委員会のやり方は、予算の削減というよりも搾取ですよ。――貴方が何を思って『地獄の会計委員会』を作り上げたのか、分からないでもない。ですが、このやり方は賛成しかねます。」

 厳しい物言いに、驚いたのは仁ノ助ではなく、誠八郎だった。上級生になればなる程、学年の壁は実力差として明確になる。六年生を相手に、ここまでズケズケと言える五年生も珍しい(己の後輩は例外とする)。
 ・・・と思って気が付いた。火薬委員会の委員長代理。彼と仁ノ助は数年前まで、同じ火薬委員だった仲。仁ノ助は会計委員会に入る前、火薬委員会に所属していたのだ。地味な委員会と言われる火薬委員会だったが、仁ノ助の生真面目な性格が吉と出て、その仕事振りがよく顧問教師に褒められていたのを思い出す。そして、この火薬委員長代理が、彼に嘗ては憧れの念を抱いていた事も。
 当然、仁ノ助がある日を境に会計委員会に移ってしまって、一番悲しんだのも彼だった。だが、失意は『地獄の会計委員会』が作られた事で失望に変わり、彼らの絆は違えてしまったらしい。

「賛成の言葉などいらん。俺は『地獄の会計委員会』のやり方を貫くだけだ。」
「・・・それで、周りの人間がどんなに苦しもうともお構いなしって訳か。」

 堪え切れなくなったのだろう。用具委員長が、その悪態を吐く。

「この際だ、その堅物な頭でも分かるように、ハッキリ言ってやるよ鬼の会計委員長様よぉ!テメェの作り出した会計委員会はな、全生徒の敵だ!テメェがしてる事も、所詮は自己満足の塊でしかねぇ!こんなんじゃ、前のお飾り委員会の時の方がマシだってんだ!予算を独占して何をしようってんだ?会計委員会でお花見でもするつもりかぁ?」
「っ」
「そこまでにして頂きましょうか、用具委員長。」

 余りにも酷な物言いに、とうとう文次郎が耐え切れずに立ち上がろうとした時だ。不意にその肩を治める手と、用具委員長に降り掛かる声。
 見れば、そこには会議当初から出ていた林蔵が傍に戻り、徳ヱ門が抜き身の刀を用具委員長に向けている。寸前で迫る刃に気付いた用具委員長は、咄嗟に取り出した苦無でそれを受け止めていた。

「これ以上の、委員長への侮辱は私が許しません。」
「・・・忍者刀じゃなくて、マジの刀かよ。物騒なもん使いやがって。」
「刀より物騒な貴方が言いますか。というより、何ですかその殺気は。私が一年生たちを追い出さなかったら、彼らの前でもそんな殺気を振り撒くつもりだったんですか?」
「相変わらず、鼻につく喋り方をしやがる。」
「徳ヱ門、安い挑発に乗るな。」
「申し訳ありません。」

 仁ノ助の言葉に、あっさりと刀を引いて見せる徳ヱ門。その様子に悪態を吐くのは、用具委員長だけではない。火薬委員長代理もまた、徳ヱ門を睨みつけていた。

「・・・正直に言うと、拍子抜けしている。」
「あん?」
「二年もの歳月が有りながら、俺を説得さえすれば予算を取れると思い込んでいるお前達にな。口では散々に言っておきながら、何故お前達は戦おうとしない。予算を勝ち取って得るという発想はないのか。」
「・・・いよいよ、気がフレたみてぇだな。何だ、各委員会が各々武器を手に取って会計委員会と戦えってのか?」
「それだけの覚悟がない委員会に、予算をくれてやるつもりはない。」
「同じになれってのかよ!俺たちに、テメェみてぇな外道に堕ちろと!?」

 手にした苦無に力が篭る。いよいよに殺し合いでも始まろうかという雰囲気の中、呑気な声で彼らを止める者がいた。

「あー、はいはい。そこまでにとけ、用具委員長。」

 生物委員長の誠八郎だ。彼は自席から立ち上がり、今にも苦無を手にしたまま暴れまわりそうになった用具委員長の肩を宥めている。生物委員会の隣の席では、傍観の立ち位置を崩さない作法委員長が「くぁ」と興味無さそうに欠伸をしていた。彼は委員会活動にやる気のない作法委員長として有名なのだ(それなのに、どうして委員長という席にいるのかは、恐らく永遠の謎だろう)。

「邪魔をする気か、生物委員長!」
「だってお前、このままじゃいくら待っても会議終わんないだろう。俺は任務でもないのに飯を食いっ逸れたくない。」

 普段なら、気の荒い用具委員長を止めるのは保険委員長の役割だった。けれど、彼は早々に会議を辞退してしまっている。確実に荒れるだろうとは思っていたが、流血沙汰にはしたくない、というのが誠八郎の本心だ。そうなれば、会計委員会だけではない。ここにいる全員の人間性が問われる事になるからだ。

「つー訳で、会計委員長。修正が利かないのは分かった。じゃ、追加予算をお願い出来ないか?」
「追加だと?」
「そーそー。実はさ、生物(うち)の飼育小屋の一部がこの間の長雨で腐り落ちちまってな。今は何とか補強してるけど、早急に修理が必要なんだ。そこにいる動物や毒虫たちを逃がさない為にもな。」

 長雨が降ったのは、会計委員会に予算案を提出してからの事だった。修理費は、今回の予算では請求していない。

「飼育小屋の状況を把握するのも、生物委員会の役目だろう。」
「面目ないな、その通りだ。だが、相手は生き物だ。どんなに策を練った所で、確実に上手くいくなんて確証は有り得ない。その辺、お前も分かってるだろう?」

 伊達に六年も同じ環境で暮らしてはいないらしい。まして、仁ノ助と誠八郎は同じ組で長屋も同室だ。お互いに、相手の出方は分かり切っていた。

「・・・修理費の予算案は組んでいるか?」
「ほれ、作って来た。ついでに、こっちが飼育小屋の被害状況な。」

 提出された、新たな予算案。ざっと目を通した後、仁ノ助は静かに告げる。

「・・・・・・良いだろう。生物委員会への追加予算を認める。但し、施設の修繕費は生物委員会ではなく、用具委員会に回す。」
「了解。俺は飼育小屋が修繕されれば、それで良い。」
「――――。」

 会計委員長が、新たな予算を認めた。それだけの事に、他の委員会だけではなく、会計委員会の面々も同様に驚いた。彼がこの予算会議で、否、通常の委員会活動でも、そう容易く予算を認めるものではないからだ。
 中でも、その決定に絶句したのは用具委員長だった。こんな形で予算が手に入る等、思ってもいなかったのだ。
 仁ノ助があっさりと承諾してしまう程に、誠八郎の提示した予算案は妥当なものだったと言えるのだろう。

「どうしたよ、用具委員長。まさか、コイツが何でもかんでも予算を取り下げると思ってたのか?」
「用具委員会の提出した予算案は、新たな忍具や手入れ道具ばかりを請求していた。――だが、少なくとも忍具に関しては徳ヱ門が管理している分で賄えると判断した。よって、予算案は却下した。」

 必要だと判断すれば、予算は出す。と、仁ノ助は言って見せた。手元の資料によれば、確かに生物委員会で破損した飼育小屋は早急に修理が必要だったのだ。
 用具委員会が担うのは、忍具の管理だけではない。学園の建物等の修繕も含まれている。が、今回の予算会議では、会計委員会へと対立するばかりで、修繕費の事を全く念頭に入れていなかったのである。指摘された己のミスに、用具委員長は歯を食いしばる。

「『地獄の会計委員会』は変わらない。常に予算は厳選され、必要最低限のものとする。予算に関して一切の妥協も許さない。――それが気に入らぬと言うのであれば、勝ち取って見せろ。」
「・・・本気かよ。」
「当然だ。忍者は結果が全てだ。どれだけ有能であろうと、どんな思惑があろうと、結果を出せぬ忍者に意味はない。――俺が卒業したらそれで終わりだと考えているのなら、止めておけ。『地獄の会計委員会』は継続される。」

 チラリ、と仁ノ助が視線を見せる先。そこには、徳ヱ門の姿があった。彼は五年生、仁ノ助が卒業した暁には彼が新たな会計委員長となる。
 彼が仁ノ助に付き従う信者である事は、上級生の間では有名な事だった。

「――とんだイカレ集団だな、会計委員会。」
「・・・だが、これで会計委員会の覚悟は伝わっただろ。」
「作法委員会はそうでもないんだけど?」
「君、予算案まで四年生に任せっ切りじゃないか。少しは自分で判断しなよ。」
「今の会計委員長の言葉は、ここにいない保健委員会と体育委員会にも伝えておきます。」

 己のミスが響いているのか、悪態を付きながらも引き下がる用具委員長。
 敵対する立場にありながらも、元より会計委員会を認めている生物委員長こと櫻坂 誠八郎。
 作法委員長は元々委員活動に乗り気ではなく、もうすぐ卒業だからと二つ下の四年生に任せっ切り。
 そんな作法委員長に呆れ気味に(無駄だとは思うが)助言する図書委員長。
 冷静な態度で、この場にいない二つの委員会にも今後の方針を伝えると告げる火薬委員長代理。

 彼らの言葉は様々だ。けれど、それらの言葉の中には異口同音に「次はない。」と告げているような気がしてならなかった。
 これ以上の取り付く島はないと判断したらしい。各委員長たちが軒並みに会議室を退出していく。――その中で、最後に部屋を出ようとした誠八郎が、仁ノ助の背後の会計委員たちに振り向いた。

「お前らも大変だな。こんな委員長に付いて行くなんてな。」
「ご心配なく。覚悟の上です。」
「俺ァ別に。楽しめりゃいいです。」
「「二人だったら何でもいいでーす。」」
「――文次郎。」
「は、はいっ」

 名指しされた文次郎は、咄嗟の事に声が裏返ってしまう。嘗て、文次郎は生物委員会の所属していた。誠八郎は、その生物委員会の委員長だ。来年には誠八郎が卒業してしまうとは言え、何処か一線が引かれてしまった感覚になってしまう。

「頑張れよ。」
「――。」

 だからなのか、誠八郎からの激励には言葉の応えが出なかった。誠八郎も期待していないのか、クスリと笑って会議室として使われた六年い組の教室を後にする。結果、残されたのはお馴染みの会計委員会の面々のみとなった。

「・・・相変わらず、おっかねぇっすね。用具委員長。」

 上級生が揃っていたという事もあり、地味に緊張していた林蔵が小さく息を吐く。仁ノ助と用具委員長の犬猿の中は有名だ。いつも鉢合わせする度に、殺し合いが始まってしまうのではないかと気が気でない。
 だが、流石に相手も最上級生。そこまでの分別は出来ている・・・と思いたかった。

「フフン。さぞかし悔しいでしょうねぇ。用具委員会は結局、生物委員会に手助けされて予算を手に入れたようなものですから。自力で得られなかった事で、当分は凹みますよ。」
「・・・楽しそうっすね。小田先輩。」

 実際、長い前髪に隠れた徳ヱ門の口角は緩やかに上がっている。色々あって徳ヱ門は用具委員会・・・もとい、用具委員長が嫌いで、用具委員長は徳ヱ門が嫌いなのだ。この様子では、来年の予算会議も用具委員会との対立が続きそうである。
 かく言う林蔵も、呑気ではいられない。林蔵が嘗て所属していた作法委員会は、今でこそあの委員会活動に乗り気でない委員長だから良いものの。来年には己の同輩が委員長代理として予算会議にやって来るだろう。一つ下の蓬川兄弟も、生物・保健・図書の三つの委員会からマークされているし・・・。・・・・・・とも思ったが、この二人を心配するだけ無駄というのは分かっているので止めておこう。

 それよりも心配なのは、今回始めて予算会議という物に触れた潮江 文次郎の事である。
 予算会議をどのように思っているのか、訊ねた事はなかったが。流石にあの剣呑さは予想していなかった筈だ。去年のそれよりも荒々しくなかったとは言え(不正をした体育委員会以外の負傷者が出なかった事が、その証と言えるだろう)、それでも六年生の殺気に一年生が耐えられる訳がない。

 実際、林蔵が戻ってきた時には既に文次郎は顔面蒼白になりかけていたし。隣にいた蓬川兄弟たちはいつの間にか彼を挟み込んで、彼の両手を各々で握り締めていた。
 予算会議が終わった今でさえ、文次郎は未だに何処か放心しているようだ。そんな文次郎へ、資料を片付けていた仁ノ助が話しかける。

「・・・怖いか、文次郎。」
「ぇっ・・・、ぁ、・・・はぃ・・・」
「――お前も、俺は間違っていると思うか?アイツ等に、多くの予算を与えればいいと。」
「ぃ、ぃいえ!そんな事はありません・・・!」

 恐怖と戦慄が支配しているだろう頭で、それでも文次郎は精一杯に判断してそう告げる。自分たちとは違って、彼は仁ノ助のやり方に純粋に憧れた唯一の人物だ。その気構えは、やはり、似ているものがある。

「ならば、迷うな。正心は己が内にあるものと自覚しろ。会計委員会は屈してはならない。忍術学園の命運を握っている事を知れ。」
「はいっ!」

 己の意志でしっかりと頷いて見せる文次郎に、決して変わらぬ筈の仁ノ助の表情が、何処か綻んでいるように見えた。








 予算会議を始める前。会議室へと赴く少し前。会計室に委員会の面々を集めた仁ノ助は、彼らの前で言ってみせた。

 「予算会議」と書いて「合戦」と読む。それは、予算会議に臨む時には合戦に臨む時と同じ気構えで赴けという事。負ける為の戦など存在しない。弱気になれば負け戦になってしまう。常に強気で、予算を守れ。

「委員長。それでは、他の委員会が黙っていないと思いますよ。」
「だからだ。此方の態度が変わらなければ、向こうも強硬手段に出ざるを得ない。それだけ、予算会議には真剣に臨めるだろう。」

 嘗て「お飾り委員会」と呼ばれていた会計委員会。
 予算会議など、通らぬ予算案などなかったあの時代には何の意味も持たない言葉でしかなかった。

「帳簿は、何度見直しても構わない。見直す事で、些細なミスや修正点に気付くかもしれないからだ。これは予算案にも言える事。特に、各委員会のものともなれば、各々の都合も考えねばなるまい。会計委員会だけでなく、他の委員会も予算会議に真剣に取り組むからこそ、より良い予算案が生まれる。」

 会計委員会の独断では、どうやっても無理が生じる。ならば、他の委員会も巻き込んでしまえばいい。他人事ではないのだから。より多くの予算を手に入れようと、彼らはこれまでよりも躍起になるだろう。
 つまりは、自分たち会計委員会に憎まれ役になれという事なのだ。

「(仁先輩は・・・、それ程までに・・・・・・)」

 元々の厳格な性格も手伝って、浜 仁ノ助という男は何処か誤解されやすい男だった。彼はそれすらも利用して、これからの忍術学園を守ろうとしている。彼はもうすぐ卒業してしまうのに。もう、関係がなくなってしまうのに。それでも、我が身を張って守ろうとしているのだ。


 けれど、彼の実に分かり難い学園の救済措置を知る者が・・・果たしてこの学園に何人いるだろう。
 だからこそ、思うのだ。




 彼の想いを無駄にしたくはないと、――『地獄の会計委員会』を続けよう、と。
 

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