翌日。委員会活動の時間も終了に差し掛かった頃。生物委員会では、活動に使った小道具の片付けを行っていた。
 昨日は後輩にすら呆れられる間抜けを披露してしまったが、今日は普段通りに出来た筈だ、と誠八郎は己を奮起させて慰める。そんな誠八郎に、不意に近寄る生徒がいた。一年生の文次郎だ。

「櫻坂委員長!先輩は、会計委員会の委員長をご存知でしょうか?」
「へ?」

 よもや、ここで、彼の名前が出て来るとは思ってもおらず。誠八郎は目を丸くしてしまった。
 昨日の今日で、誠八郎は仁ノ助に悪態をついてしまったばかりだったのだ。

「ど、どうしたんだよ。文次郎。」
「実は、昨日・・・会計委員長にお話を聞いて頂いたので・・・。改めてお礼を言おうと思ったのですが・・・。肝心の名前を伺っていなくて・・・、他の先輩は会計委員長に良い顔をされないので・・・。委員長なら、と思ったのですが・・・・・・」

 律儀な後輩である。文次郎は気付いていないようだったが、彼と仁ノ助が何かを話していたのを、誠八郎は目撃していた。
 流石に話の内容までは分からなかったが、あの時に文次郎が礼を言っていたのは覚えている。

「そ、そうか。会計委員長なら知ってるぞ。有名人だからな。・・・何なら、委員会ももうすぐ終わるから、一緒に行くか?」
「はい。宜しくお願いします。」

 片付けも終わり、生物委員を現地解散でそれぞれの長屋へと帰らせて。改めて誠八郎は文次郎を会計室に連れて行こう、とその手を引いた。
 実を言うと、当の仁ノ助から文次郎を引き抜きたい、都合が合えば会計室まで連れて来てくれ、と懇願されていたのだ。戸惑いはあったが、誠八郎はそれに頷いた。惚れた弱みというやつだろうか、彼が自分を頼ってくれた事に喜ぶ自分がいるのだ。

 その道中。不意に文次郎が、誠八郎に問いかけた。

「・・・先輩。櫻坂委員長は、嘗て各委員会が贅沢をしていた事をご存知ですか?」
「――・・・あぁ。知ってる。下級生の頃は流石に委員会予算の把握なんてしてなかったんだが・・・、一番酷かったのは俺が三、四年の頃らしい。色んな事情が絡みまくって、各委員会が揃いも揃って大量の予算を申請したんだ。で、当時の会計委員会はその全てを通しちまった。」
「・・・・・・。」
「で、俺と同じ組だった浜 仁ノ助がそれにブチ切れたのさ。アイツは五年生になった途端に「地獄の会計委員会」を立ち上げた。・・・いやぁ、あん時のアイツはマジで怖かった。生物委員会の予算案も「まとまっていない」って突っ返されちまったからな。」

 誠八郎は委員会の贅沢ぶりを知っていた。けれど、それを声に大にして皆の前で言いふらした所で、無意味に終わると思っていたのだ。だからこそ、己のいる生物委員会くらいは必要最低限のもので済ませようと思っていた。が、生物委員会は文字通りに生物を扱う委員会。只でさえトラブルの多い学園だというのに、生き物相手に想定通りに事が進む筈がない。
 結局、誠八郎も『地獄の会計委員会』と敵対する立場になってしまった。

「元々、アイツは忍者の三禁に拘る堅物だった。忍者が溺れてはいけない三つの事柄「酒」「欲」「色」。各委員会の贅沢は、その中の「金銭欲」に触れてた訳だ。」
「――櫻坂委員長は、浜先輩の事がお好きなんですね。」
「へ?」
「昨夜から今日まで、浜先輩の事をそれとなく他の先輩たちにも聞いてみたんです。でも、皆良い顔をせずに悪口ばかりを言っていました。でも、櫻坂委員長は浜先輩のしている事をちゃんと分かっています。それだけでも、浜先輩のしている事は報われていますよ。」
「・・・っ・・・・・・」

 聡い後輩だ。あれだけ泣き虫と見下していた自分が恥ずかしくなる。
 否、泣き虫だからだろうか。この後輩は、周囲の人間の気持ちを悟る事に、この年齢で長けている。

「・・・文次郎。・・・・・・俺はお前だって大好きだァ!!」
「わ、い、委員長!苦しいですっ。急に抱きつかないで下さいよぉ!」




 誠八郎が思っていた通り。会計室の灯りはまだ付いていた。『地獄の会計委員会』になってからというもの、会計室の灯りが定時で消える事はとても希なのだ。
 パチパチと算盤を打つ音が聞こえる。どうやら今夜は鍛錬に行く事もなく、大人しく委員会活動をしているらしい。
 すらり、と誠八郎は戸を引いた。

「会計委員長。入るぞ。」
「・・・生物委員長か。」
「お前にお客さんだ。話したい事があるんだと。」
「客・・・?」

 誠八郎の背後に隠れるようにいた文次郎が、ひょっこりと顔を出す。その姿を捉えた仁ノ助が、ピタリと固まった。
 だが、文次郎はそれを気に止める事もなく、少し緊張した様子で会計室の中で正座する。

「一年い組の生物委員・潮江 文次郎と申します。会計委員会の委員長・浜 仁ノ助先輩で宜しいでしょうか。」
「・・・そうだ。」
「先日は本当に有難う御座いました。先輩の言葉は、俺に掛け替えのないものを教えてくれました。今後、俺は浜先輩の“正心”の元に忍者を目指そうと思います。」

 ペコリ、と一礼する文次郎。
 その様子に、否、言葉に、誰もが驚いて固まった。算盤を打つ音が止まり、張り詰める空気が耳に痛い。

「・・・――。」
「・・・そうか。正心を抱く決意をしたか・・・。来い。」
「えっ、あの・・・」
「――徳ヱ門、後を頼む。」
「分かりました。」
「おぃ、仁ノ助!」
「お前も来い。生物委員会にも関わる話だ。」

 そういう話を事前にしていたとはいえ、いくらなんでも強引すぎるだろ!という誠八郎の思いは言葉にならない。伝えるよりも先に、仁ノ助が文次郎を抱えて会計室から出て行ってしまったからだ。
 慌てて追いかける誠八郎。残された会計委員たちは、暫し呆然とするしかない。

「・・・下級生。しかも、一年生が・・・。委員長の言葉を間に受けてんの、初めて見ました。」
「そうですね。素直でいい子なんでしょう。・・・あれが、潮江 文次郎の本質ですか。」
「なっちゃんいい子だよー?ねぇ、おーた。」
「ねぇ、こーた。」
「・・・なっちゃん?」
「“泣き虫”でなっちゃんだよ。」
「前にね、鉄粉おにぎり食べてくれたんだよ?」
「後輩にんなもん食わせてんじゃねぇよ!悪食双子!」

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