翌朝。熱と眠気から解放された文次郎を待ち構えていたのは、同じ布団で丸くなる蓬川兄弟だった。

「だーかーらー、布団に入り込むのは止めて下さいって何度も言ってるでしょう!」
「でもー、あの布団はこーたの布団だよー。」
「僕となっちゃんが一緒に寝たら、おーたも入りたいよねー?」
「ねー。」
「いや、流石に三人も無理ですって!」
「「僕らちっちゃいから大丈夫!」」
「威張らないで下さい!そんなの、偏食で身長が伸び悩んだだけでしょう!」

 偏った栄養ばかりを摂取し続けた結果だろう。蓬川兄弟の身長は上級生で有りながらにして、忍者の中肉中背を目指す文次郎のそれよりも低い。が、それでも元々は一人分の布団。流石に三人が入れる筈もない。自分たちの身長に関しては、蓬川兄弟は「潜入任務には便利!」と極めて前向きだった。

「あー、昨夜の食器も返してないんですか!貰って来るついでに朝ご飯貰って来ますから!」
「いーよ、僕ら今日から忍者の任務、略して忍務だから。もう出るし。」
「昨夜の内に準備したし、あとは出発するだけー。」
「は?食べずに行くんですか!?」
「特性の忍者食があるから大丈夫ー。」

 忍者を目指すと決めてから、双子が特に力を入れたのが忍者食だった。その点に関してだけは黒古毛 般蔵先生を師事し、持ち前の偏食悪食による試行錯誤を重ね、二人の忍者食は得体の知れないものを使っていると、悪い意味で評判になっている。確かな栄養と持久力だけは、お墨付きなのだが。

「なっちゃんは、食器返したらもう戻っていーよー。」
「委員会でも無理しちゃだめだよー。」
「ちょ、こーた先輩!おーた先輩!」
「「行ってきまーす!」」

 言うや否や、二人はパッと文次郎の前から消えてしまう。こういう時だけ忍者するのは、止めて欲しい。そして、いつまでも「泣き虫のなっちゃん」の渾名で呼ぶのも止めて欲しい。いくら、それが彼らにとっての信頼の証だとしても、だ。

「・・・食器を返したら、って言ってもなー。」

 溜息混じりに、残された文次郎は改めて二人の長屋の様子を見る。忍者食の研究に力を入れているのはいい。が、だからと言って様々な食材をそのまま出しっ放しにするのは止めて欲しい。黴びてしまっては勿体ないではないか。――かつ、二人が揃うと文字通りに図書館並みの知識を持つ彼らにとっては塵にも等しいプリントがクシャクシャになって散らかっていた。必要がないのであれば、捨ててくれ。
 少し前に掃除したばかりだというのに、この長屋は早くも散らかってしまっている。

「仕方ない。ちょっと掃除して行くか・・・。」

 朝食の前に、文次郎はこの長屋を掃除する事を決めた。




「おー、文次郎!やっと見つけたぞ!」

 食堂。昨夜の内に食器を返せなかった事を謝りながら文次郎が朝食を頼んでいると(おばちゃんは笑って許してくれた)、その姿を見つけたらしい小平太たちが声をかけて来た。

「昨日はどこに行ってたんだ?夕飯にも、夜の鍛錬にも来なかっただろう?」
「あー、悪い。先輩たちの部屋で寝ちまってな。」
「ほぉ。そう言えば、最近消えなかった隈がちと薄いな!」

 本当に薬湯騒ぎは怒っていないらしい。そうで無ければ、今頃自分たちは針の筵にされている事だろう。無神経だったが、どこか安堵する伊作と長次がそこにいた。
 そんな彼らの心境など知らずに、他の面々の話は弾む。

「そう言えば、文次郎。今日はあの双子先輩の面倒を見なくてもいいのか?」
「今日は任務があるって、さっき出て行ったからな。」
「そうか!では久々に一緒に食おう!」
「そうだ、聞け、文次郎!お前の所の先輩が、昨日の試験で私を『ケバい』と評しおったのだぞ!」
「・・・あぁ、そりゃあアレだろ。お前の化粧と演技が上手すぎて浮世離れしてるから、逆に目立ってるって事を言いたかったんだろ。」
「そ、そうなのか・・・?そう言われると悪い気はせんが・・・」
「文次郎!私も『煩い』と言われたぞ!」
「いつも通りじゃねーか。六年生を探すのに夢中だった、とかで悪目立ちしてたんじゃないのか。」
「あ!そう言えば、長次と数を競う約束をしていたな!見事に負けたが!」
「おい、文次郎!俺の『中途半端』ってどういう意味だ!?」
「あぁ?そりゃあ、大抵いつも伊作の不運に遭遇してっから、そういうトラブルになった時に助けようかどうかを悩んでたりして、それを見られた、とか。離れるか、助けるかハッキリしろって意味だろ。」
「・・・・・・・・・。」
「思い当たる節があるのか。」

「・・・すごいね、文次郎。」
「まったくだ・・・・・・。」

 さらりと文次郎から告げられる、蓬川兄弟の評価の意図。同じ組の仙蔵はともかく、見もしていない小平太や留三郎に関してはピシャリと言い当ててみせた。伊作と長次は既に当人から聞いていたが、恐らくは今文次郎に訊ねても同じように答えて来るだろう。それだけ、彼はあの双子の事を理解しているのだ。
 ・・・今後、あの双子と会話する事があれば文次郎を間に入れよう。二人は密かに決心していた。

「そう言えば、・・・不破が前に言っていた。」
「不破って・・・三年生の図書委員?」

 思い出したように呟く長次に伊作が問いかけると、長次はコクンと頷いた。

「・・・前に、三年生の間で文次郎について話した事があって・・・・・・“あの人たち”に囲まれて、学園生活が出来る文次郎は凄い、と・・・」
「・・・・・・へぇ。・・・・・・・・・その、“あの人たち”って、僕らも入ってるのかな・・・?」

 上級生にして学園一の問題児とされる蓬川兄弟に、天才・秀才ながらも一癖も二癖もある同級生たち。・・・“あの人たち”には、高確率で自分たちも入っているのだろう。長次は頷く事もしなかったが、否定した所で二人が思うことは変わらないだろう。

 すっかり言いそびれた文次郎への謝罪は、昼食の奢りとおやつのお饅頭で我慢してもらう事にして、とりあえずは朝食を頂こうと彼らの元へと向かう二人。久々に食堂に揃う四年生六人。だが、その場で己の食事に何の気なしに鉄粉を振りかける文次郎に誰もが絶句。「あの双子に毒されてる!?」と、ひと悶着が巻き起こるまで、既に数分も残されてはいなかった。

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