ろ組、は組みが合同で行う試験は先に行ったい組のそれと同じ。変姿の術の実習だった。各々が忍たまではない一般人に紛れ込み、数時間を指定された村で過ごすというもの。
 他の試験と異なる特徴といえば、四年生を評価するのが教師ではなく最上級生の六年生という事だろう。六年生もまた、一般人に紛れて四年生に気づかれずに評価するという、謂わば四・六年の合同試験である。勿論、評価された四年生は「見つかった」という事で評価が下がる。が、それは六年生も同じ事。

 実力を自覚し初め、漲る自信を持ち始める四年生と、熟成した安定力を身につける六年生の、意地の張り合いなのだ。

「なー、長次。六年生何人見つけた?私は三人!」
「・・・五人。」
「大量だなぁ。僕なんて見つけた、ってはっきり言えるのは一人だよ。」
「伊作は途中から町医者に溶け込みすぎてたからなー。」
「で、留三郎は何人だ?」
「・・・・・・二人。」
「五十歩百歩。」

 学園に戻ってからのレポート作成時。彼らはこんな話題を交わせるくらいには余裕があった。六年生から評価されると言っても、変装には自信があって、六年生を見つける事も出来て。悪い評価になる事はないだろう、と楽観していたのだ。
 だから、教師から告げられた六年生からの評価には驚いたものだ。

「七松 小平太。『煩い』。」
「え?」
「中在家 長次。『無理がある』。」
「!?」
「食満 留三郎。『中途半端』。」
「は?」
「善法寺 伊作。『論外』。」
「えぇっ?!」
「以上が、お前たちが発見できなかった六年生からの評価だな。」

 四年生が発見した六年生は、どんなに見事な評価をしようともそれが六年生の採点になる事はなく、四年生に告げられる事はない。だから、見つけてしまった六年生が自分たちを高く評価していようとも、それが知れる事はないのだ。逆を言えば、見つけなければどんな悪評も四年生の評価として残ってしまう。
 己の力を感じ取り、自身を付けつつある四年生にとっては・・・尤も過酷な評価である。

 試験を終えた夕食時。先に食堂に来ていた仙蔵に彼らがその事を話すと、彼は珍しく肩を下ろして溜息を吐いた。

「そうか・・・。お前たちも言われたか。」
「て、事は、仙蔵も?」
「・・・『ケバい』だそうだ・・・!私の完璧な女装が!演技力が!『ケバい』の一言に一蹴されたのだぞ!?」

 試験の公平性を保つ為、彼は今まで我慢していたのだろう。堪え切れなくなったそれが、とうとう爆発した。
 仙蔵は、今回の試験でも満点合格を狙っていたのだ。誰に気付かれる事もなく、六年生全てを発見して、己の力を見せつけてやろうと。実際、仙蔵は己の容姿と演技力を以てして巧みに六年生を見つけたり、炙り出したりしていた。これで今回の試験も満点。そう思っていた矢先に、『ケバい』の酷評が一言告げられたのだ。合格点を取っていようとも、喜んでいられない。

「じゃあ、文次郎は?」
「仙蔵がそれなら、文次郎の奴はもっと手酷く言われたんじゃねぇの?」
「いや、評価は一緒になって聞いていた。が、奴には似通った酷評がなかった。文次郎は、その評価をした六年生を見つけたのだろう。」

 他の六年生にはボロボロに言われていたがな、と嘲るかのように告げる仙蔵は、そうして自分を慰めているのだろう。

「でも、仙蔵すら見つけられなかった六年生・・・ねぇ。」
「そんなヤツ、いるかぁ?」
「仙蔵は、何人見つけたんだ?」
「五人だ。」
「長次と一緒か。・・・いよいよ分からん。」
「長次は今回、紛れるよりも積極的に六年生を探す事に力を入れていたな。」
「つまり、私と長次が見つけられなかった六年生が最後の一人だったという訳だ。」
「てか、文次郎に聞けば早くないか?」

 一瞬の沈黙。程なくして、目から鱗が落ちるが如く、小平太以外の四年生から「あぁ!」と声が上がる。
 一番最初に仙蔵が「文次郎が見つけた」と言っていたのに、妙に遠回りしてしまった。

「・・・で、その肝心の文次郎はどこだ?」
「い組は午後の授業がなかったからな。会っていないな。」
「僕らも、今さっき戻って来たばかりだからねぇ。まぁ、まだ食べてないんなら、食堂(ここ)まで来るんじゃないかな。」

 その時にでも尋ねればいい。伊作がそう言いかけた時だった。不意に、聞きなれぬ生徒の言葉が食堂に響く。

「おばちゃーん。B定食二つとー、おかゆ一つちょーだい。」
「はーい! ・・・って、えぇ?!蓬川、くん?!」

 おばちゃんの言葉に、一瞬にして食堂がざわついた。

「え、今、おばちゃん、何て・・・!」
「よ、蓬川?そんな生徒・・・」
「って、アレか!“あの”蓬川兄弟か?!」

 蓬川。その名前に、漸く四年生たちは合点がいった。
 自分たちが見つけられなかった六年生。忍術学園に名高い、問題児。「尊敬・信頼からは程遠い最上級生」の悪名を持つ、瓜二つの顔を持つ双子の六年生。
 双子は忍者にあるまじき「人嫌い」を全面的に隠そうとせず、六年生となった今は滅多に生徒や教師の前に現れる事はなかった。その為、仙蔵たちの話題に直ぐに出て来る事もなかったのだ。

「蓬川・・・っ、あー、何だっけ下の名前。」
「蓬川、甲太と乙太。・・・図書室出入り禁止のブラックリストに載ってる・・・。」

 図書室出入り禁止のブラックリスト。それは言葉の通り、決して図書室に入れてはいけないとされる人物の名を記した名簿である。そこに載る名前の持ち主たちは、故意に図書室の本や図書室そのものを破壊したり紛失させた利用者であり、彼らは金輪際 決して図書室に入れてはならないと、代々図書委員に言い伝えられている程の存在だ。
 驚くべき事に、話題の蓬川兄弟は一年生の時点でそのブラックリストに載った強者である。

 食堂に来ていたのは、その双子の内の片割れだった。

「アレ、どっちだ。甲か、乙か。」
「分からん。見分けつくのか?あの双子。」
「人前に出るなんて珍しい。てか、まだ学園にいたんだな・・・。」
「今年に入って、全く姿を見せなかったよね・・・。」
「・・・姿は見なかったが、いるのは分かっていたぞ。」
「どゆ事、長次。」
「あの二人は、確か・・・会計委員会の委員長だった筈だ。」
「ぁ・・・。」

 そうだ。どうして今まで忘れていたのだろう。双子を話題に出すまいと、頭の隅に追いやっていたのかもしれない。
 自分たちが入学する以前から始まったという、『地獄の会計委員会』。それを創設した初代から数えて、四代目に当たる会計委員長。今や、四年生である筈の文次郎が会計委員長代理と言われるまでの働きを見せるまでに委員会に出たがらない、けれども書類上は立派な会計委員長。歴代で唯一、二人で一つの委員長席を収める六年生。

「・・・予算案を文次郎に見せると、いつも「委員長と検討する」と言う。が、俺は会った事がない。」
「そーいや、俺もないな。昔はもうちょっと委員会にいた気もするけど。」

 件の双子については、授業態度から私生活まで良い噂を聞かない。嘗ては鉄粉をあちらこちらに撒き散らして、特に食堂を戦場跡地の如くに散らかしたというし。一年生の頃には三つの委員会を荒らしたというし。二人はそれぞれ違う組に所属しているのに、いつもどちらの組にしかいなかったというし。五年生に上がった頃には今の片鱗か、滅多に委員会に来る事はなくなったというし。嘗ては、学年一番の落ち零れとして知られていた。こうして進学、しかも最上級生に残っているのが今でも信じられない。

 出不精な二人が委員長を務める会計委員会では、いつからか四年生である文次郎が委員長代理の如く働いていた。その世話好きが彼らの私生活すら見離せなくなったのか、今となっては決まって食事を持って二人の長屋を訪れる熱の入れようだ。食堂のおばちゃんも、双子の栄養管理と食堂が散らからない事を理由にすっかりとそれを受け入れ、逆に食器を壊さないようにとお弁当にしてくれる始末。

 ・・・そんな双子が自分たちの試験の時に限って授業に参加し、あんな子供の悪口のような評価を叩きつけられ、それに気付く事が出来なかったというのが・・・まったくもって腹立たしい。

「でも、会計委員会から返される予算案っていつも徹底されてるよね。」
「そうだな。偶に文次郎が引っかかりそうな予算案を組んだ時があったのだが、見事に返り討ちだった。当人に聞けば、作法委員会の予算案は委員長がやったと言われたな。」
「予算案でも文次郎をからかうの止めなよ・・・。まぁ、僕もたまにやるけどっ」

 スコーン! べしゃ

「い、伊作ー?!」
「ちょっと、そこにいる四年生。えぇっと・・・『無理がある駐在所』と『論外な法隆寺』?だっけ?手伝って。」
「は、え?」

 話題の六年生から声がかかった。が、彼が誰を名指しているのかが咄嗟に理解できない。
 ・・・『無理がある“ちゅーざいしょ”』と、『論外な“ほーりゅーじ”』・・・?

「・・・『中在家』と『善法寺』の事ですか。」
「あー、そんな名前だっけか?『ケバい活け花』。」
「な゛?!」

 ケバい、という言葉に敏感になっている『ケバい“いけばな”』もとい、仙蔵が反応する。が、相手は何処までも涼しい顔だ。というか、四角い目を伏せがちにして、まるで小さい子供のように「べぇ」と舌を出している。完全に揶揄っていた。
 明らかな敵意を持っての態度と言葉。今回の試験の評価を知っている事を踏まえると、やはり、あの評価はこの双子によるものらしい。

「ほら、傷男に優男。さっさと来る。でないと、そこにいる・・・『煩い門松』と『中途半端な熊』のご飯に鉄粉かけるよ?」
「よし、早く行け!長次!」
「伊作!飯は取っといてやるから!」

 この双子は偏食悪食としても知られており、一年生の頃からお互いにマイ鉄粉を持ち歩いては、何にでもそれをかけて食すのだという。それが双子だけに留まらず、周りの人間にも被害が及ぶのだから恐ろしい。「お残しは許しまへんで」の精神が染み付く忍術学園の生徒としては、例えそれが被害を一方的に被られた鉄粉ご飯であったとしても、完食しなければならないのだ。回避できるものならば、回避してしまいたい。

 『煩い“かどまつ”』こと小平太と、『中途半端な“くま”』こと留三郎に、呆気なく見捨てられてしまった長次と伊作は、渋々ながらに席を立ち、蓬川兄弟の片割れのいる方へと足を向けた。

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