「あぁ、もう!全くもって腹立たしい!」
「そうカリカリするなって。他からの評価は概ね良かったろう?」
「当たり前だ!しかし、腹が立つものは立つ!」

 珍しく声を荒げている、四年い組の立花 仙蔵。午後からの試験について、昼食がてらにあれこれと話し合っていた四年ろ組の七松 小平太、中在家 長次、四年は組の食満 留三郎、善法寺 伊作らは、少しばかり唖然となった。
 スケジュールの都合上、四年い組が先に試験を行っていた筈だ。そして、仙蔵はそれに誰よりも自信満々で臨んでいた。それが、普段は厚い皮の面に覆い隠している情熱を隠す事もなく、全面的に外へと押し出している。
 そんな仙蔵を宥めながら一緒にやって来るのは、彼と同じ組の潮江 文次郎だ。この学園に在学して、早四年目。このやり取りも時折 見る光景である。

 食堂に入って来るなり、自分たちが語っている事を見つけた文次郎は、食堂のおばちゃんに昼食を頼むよりも先に、仙蔵を自分たちのいる席の傍へと座らせた。

「悪い。仙蔵の昼飯取って来るから、ちょっと慰めといてくれ。」
「慰めるとは何だ!私が落ち込んでいるように見えるのか。」
「あー、はいはい。飯は何がいい?Aランチは焼き魚で、Bランチは唐揚げらしいぞ。」
「・・・五目饂飩。」

 選択肢になかったメニューにも関わらず、文次郎は「了解。」とあっさり頷いて、食堂のおばちゃんのいる方へと向った。この手際の良さには、他の面々は時折関心してしまう。

「(アイツ・・・。目に見えて仙蔵の扱い方が上手くなってやがる・・・。)」
「(今や、い組でも仙蔵に付き合えるのは文次郎だけという噂だったな!)」
「(・・・・・・甘やかしてる自覚がないのか。)」
「(傷心の仙蔵を慰められるのは、彼くらいだよねぇ・・・。)」

 各々が思った事と似たような事を、周囲も思っていたらしい。不意に視線が噛み合うと、四人は揃って苦笑してしまう。

「・・・で、何かあったの?仙蔵。朝には余裕で満点評価目指すって言ってたじゃないか。」
「今、その話をするんじゃない・・・。私は機嫌が悪いんだ。」
「アレだろ、満点かと思ってたら意外な所で減点されてたっていう・・・」
「留三郎・・・!どうにもお前は試験前に消し炭になりたいようだな・・・!」
「食堂に物騒なもん取り出そうとしてんじゃねぇよ。」

 今にも堪忍袋の緒が切れそうだった仙蔵を止めたのは、五目饂飩を携えた文次郎だった。今にも食堂で爆発沙汰を起こそうとしていた仙蔵を宥め、彼の前に注文の品を置く。ご丁寧に、箸と水まで付いていた。

「おい、文次郎。」
「ほれ七味。ふりかけるのは自分でやれよ。」
「・・・うむ。」

 仙蔵の好みを完璧に把握した動きである。お人好しの伊作、世話好きの留三郎とて、仙蔵に対してここまでの事は出来ない。常に我が道を行くろ組の二人に関しては、論外だ。
 ここ最近。潮江 文次郎という人間がやたらと包容力を発揮しているように思えてならない。去年の三年生までは、そんな印象を抱く事はなかった。伊作や小平太に至っては、「変なものを食べたのか」と無神経に尋ねるような事さえしてしまった事がある。しかし、当の文次郎はどこまでも自然体で「何もない」と答えるだけ。伊作に対しては「お前が俺で試す薬の所為かもな」と揚げ足を取られてしまう始末だ。

 薬、で思い出した。

「あ、文次郎。今日はもう授業とかないんでしょ?また頼まれてくれない?」

 そう言って、伊作が取り出すのは竹筒。液体状の物が入っているらしく、振るとたぷん、と中身が揺れた。
 差し出されたそれに、明らかに文次郎の顔色が悪くなる。竹筒の中みは恐らく(いや、確実に)薬品。保健委員の伊作が独学で作り出すそれに、文次郎はいつの間にか被検体となっていた。
 普段ならば、同室の留三郎で試せ。と言う所ではあるが、留三郎はこれから伊作と同様に試験である。流石に何があるかも分からない薬を飲んでの試験に赴かせる程、文次郎も酷ではない。渋々と竹筒を受け取った。

「それにしても、文次郎。お前の昼飯はどうしたんだ?昼飯を抜く鍛錬か?」
「何でもかんでも、俺の行動を鍛錬と結びつけてんじゃねーよ、小平太。――俺は違う所で食べるから。」

 べきっ、
 仙蔵が手にしていた、七味を入れた容器の蓋が嫌な音をして開かれる。治まりつつあった機嫌が悪化してしまったのだと誰もが思うのだが、呑気に話す文次郎だけが気付かない。

「違う所って、」
「潮江君!出来たわよー。」
「あ、すみません。」

 小平太が何かを言いかけた時、食堂のおばちゃんに呼び止められた文次郎はそちらへと向かってしまう。おばちゃんが文次郎に差し出すのは、定食ではなくてお弁当だった。それも、三人分。

「いつも悪いわねー。こんな事、君に任せる事じゃないのに。」
「いいえ、俺が動けばいいだけの事ですから。」

 そんな会話をしつつ、おばちゃんと離れた文次郎が、不意に此方を見ている四年生五人に気付く。

「じゃあ、俺行くから。仙蔵はあんまり伊作に当たるなよ。」

 だったら隣にいてやれよ、という呟きは届かない。この所、文次郎の面倒見は目に見えて良くなった。だが、それ同時に、自分たちと食事をする機会が殆どなくなってしまったのだ。

「・・・〜まったく、腹立たしい!」

 目の前の五目饂飩にこれでもか、と七味をふりかけ、腹いせと言わんばかりに隣にいた伊作の分の味噌汁にまで仙蔵は七味を振りかける。伊作の悲鳴やら、文次郎に言われたばかりではないか、といった他三人のツッコミは全て無視された。
 触らぬ神に祟りなし。正直、今の仙蔵を慰める気にはなれなかった。・・・それよりも、自分たちには午後からの試験という、先送りには出来ない問題が待っているのだから。





双児・地獄の会計委員会の段


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