上級生の間で、御園 林蔵は「色に溺れた四年生」と言われる事がある。それは、彼が休日になると足繁く花街に通っているからだ。その事については、教師からの忠告も無視しているらしい。遡れば、彼はどうやら三年後期の最後辺りから、色街に通い詰めているようだ。

 林蔵は花街に通っている事を否定しない。色が好きという事も認めている。
 が、周囲の同級や上級生は一つ見落としている。林蔵が足繁く花街に通うのは、遊びの為だけではない。――言ってしまえば、実家の都合だ。林蔵は、花街に構える店の家の息子だった。

 その事を、林蔵は周囲に明かした事はない。下級生時代には教師に口止めされていた事もあり、言いふらす事でもないと思ったからだ。自分の家と周りの家がどれ程の温度差を持つかは理解していたし、相手にするのも面倒だったという事もある。

 本来ならば行儀見習いとして、四年生になる前に学園を去る事も出来た。けれど、林蔵はさりげなく己の父を誘導して説得した。学園で得るものは全て得てから家を継ぎたい、というのが建前。卒業するまでは遊んでいたい、というのが本音である。
 どの道、己の未来は決まっているのだ。遅いか早いかくらいは、自分で決めた。取り繕うのは得意で、全くの嘘でもなかったので。父はあっさりと己の進学を認めた。花街の店という事で、普通の店よりも命が濃ゆい場所にあるというのも決め手になっただろう。――但し、授業のない日には実家以外の花街の店を巡って生業の勉強をする事。でなければ、学費は支払わない。という条件が言い渡されたのだが。


 卒業してから、話のタネにでもなればいいと、林蔵は『地獄の会計委員会』に入った。そこで構える委員長代理は、全生徒と教師に喧嘩を売った大馬鹿者。どんな風に自滅するのか、間近で見てやろうと思った。――だが、彼は折れなかった。どれだけの圧力をかけられても、それを影で笑う自分すら庇護して、委員会の矢面に立ち続けたのだ。

 ある事ない事を適当に言い繕って生きてきた自分とは、何もかもが違う。
 会計委員会に入る時に適当に告げた言葉が、そのまま自分の本心になってしまった。

 嘲りが、憧れに変わる。行けるものならば、彼が求めるものを共に見てみたい。
 けれど、彼は正心を重んじ三禁を守る厳格主義者。こんな自分が容易に近づくことさえ、あってはならない気がした。




 物は試しに、と林蔵は初めて己の事情を仁ノ助に告げてみた。
 ここで拒絶されるのなら、彼とは相容れないと諦めよう。会計委員会も辞めてやろう、と。

 だが、仁ノ助は林蔵を鼻で笑った。

「その程度で「色に溺れた」だと?三禁を侮るな、馬鹿者め。お前は自惚れている。」

 仁ノ助の言葉を聞いて、林蔵は鈍器にでも殴られたような気がした。
 曰く、「溺れる」とは己ではどうにもならぬ状態の事を言うらしい。荒れ狂う波に揉まれるような、手を伸ばそうが足を動かそうが、決して進展する事のない底なし地獄。そして、本当に「溺れた」者は、己が溺れた事を拒絶するか、諦めて受け入れるしかないのだという。
 ・・・見てきたように言うのだな、と思った。教師ならばまだしも、先輩からこんな話を聞く事になるとは思っていなかった。

「・・・先輩は、見た事があるんですか?三禁に溺れた人。」
「ある。まず金に溺れて全てを失い、その失意から逃れるように酒と色に溺れた。」
「ぅわー。」

 物の見事に、全ての三禁に溺れている人物のようだ。成程、彼が見たという人物に比べれば、自分の「溺れ」加減など浅過ぎる。井の中の蛙大海を知らず。己の知る井の中の、何と浅い事だろう。

「金を失った時点で、彼は正心が欠けていた。正しい心があれば、彼は再び働いて金を取り戻そうと努力しただろう。」
「(・・・ん?)」

 無口な筈の彼が、やけに饒舌に語っていた。こういう時は、彼の感情が剥き出しになっている時だと、林蔵は経験上 知っている。
 つまり、その三禁に溺れた人物は・・・・・・。そこまで考えて、止めた。


 林蔵は思う。仁ノ助はとても厳格だが、それと同じくらいに優しい。
 今の話にしても、三禁に溺れた者など放っておけばいい。目にした時には怒り狂っても、やがては記憶の片隅に追いやって忘れてしまえばいいのだ。けれど、彼はそれを良しとしない。
 三禁に溺れた者に落胆する訳でもなく、見捨てる訳でもなく。溺れさせた三禁にすら、怒りを向けていない。

 口先だけで三禁を嫌う者の殆どは、まず三禁を知らない。「汚そう」だとか何とか、それで飯を喰らう人間の事などちっとも考えちゃいない。少なくとも、林蔵は周囲をそんな目で見ていた。
 だから、分かった。

「(・・・この人は、三禁を知ってる。だから否定しないんだ。)」

 それに溺れる人間の心境も、状態も。全てを理解して、それでも正しくあろうとする。
 だからこそ、浜 仁ノ助という存在は何処までも気高く見えるのだろう。

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